第695章 ママ、助けて!

それは芽の声だった。

藤本凜人は急いで駆け寄り、ドアを開けると、寺田芽が慌てて飛び込んできて、寺田凛奈の手を引っ張って階下へ向かった。声には涙が混じっていた。「ママ、早く来て!たろうが危ないの!」

たろう?

寺田凛奈は眉をひそめ、何かを悟ったように、芽の前を走って階下へ向かった。

階下に着くと、執事が近づいてきた。「坊ちゃまとたろうは休憩室におります。パニックを避けるため、警備員に移動させていただきました。」

寺田凛奈は執事に頷いた。

この執事は藤本凜人の部下で、仕事の能力は一流だし、彼女にもいつも丁寧だった。

それを聞いて、凛奈は休憩室へ駆け込んだ。入るなり、藤本建吾の声が聞こえた。「僕のママは、君のママでもあるんだよ。医者なんだ。きっとたろうを治してくれるから、大丈夫だよ。」

ルーシー姫も傍らに立ち、大きな目を見開いて、恐怖に満ちた表情で彼らを見つめていた。

足音を聞いて、藤本建吾とルーシー姫は振り返って寺田凛奈を見た。建吾は目を輝かせ、急いで駆け寄って凛奈の手を握り、隅にある檻の中の犬を指さして言った。「ママ、たろうを助けて!」

寺田凛奈が近づくと、たろうが檻の中で横たわっているのが見えた。全身から力が抜けているようで、横向きに寝そべり、足をピンと伸ばしたまま、目だけは開いて和夜を見つめていた。瞳孔は既に開き始めており、明らかにもう手遅れだった。

寺田凛奈は胸が沈んだ。和夜の方を振り向くと、彼は極めて冷静で、小さな顔を引き締め、たろうの傍らにしゃがみ込んで見つめており、手にはナイフを持っていた。

そのナイフを見た瞬間、凛奈の瞳が縮んだ。すぐに尋ねた。「和夜、何をするつもり?」

和夜はまだたろうを見つめたまま、執着気味に言った。「たろうの心臓がダメになったんだ。ことりは体は弱いけど、心臓はまだ生きてる。ことりの心臓をたろうに移植したら...そうすれば、二人とも生きられるんじゃない...」

「……」

この言葉を子供たちが聞いたら、きっと恐怖を感じるだろう。

しかしこの瞬間の寺田凛奈は、ただ胸が詰まる思いだった。

以前は、和夜はただの腕白な子供で、冷酷だと思っていた。警備員がDNA採取をしようとした時も、噛みついて怪我をさせた。

その後もずっと頑固で、藤本凜人が何を聞いても、寺田凛奈が何を聞いても、何も話さなかった。