335 なぜ彼女なの？

慕雅哲は眉をひそめ、彼女の視線が唇に落ちるのを見て、無意識に舌先で血の跡をなぞり、冷たく一言も発せずに、背を向けて立ち去った。

高慢で冷厳、凛々しく非凡な様子で、その身なりと装いから、きっと裕福か貴族の名士に違いない。

江雨童は信じられない思いだった。

彼女はこのような男性は、おそらく空想の中にしか存在しないと思っていたが、まさか実際に目の当たりにするとは思わなかった。そのため、その場に立ち尽くしたまま、まるで夢の中にいるかのようだった！

でも、なぜ雲詩詩の楽屋から出てきたのだろう？

もしかして……二人の間に何か秘密の関係があるのだろうか？

江雨童は勝手な推測を始めた。

雲詩詩に対して、表面上は穏やかで友好的に接していたが、誰にだって私心はあるものだろう？

雲詩詩はまだ正式にデビューしていないのに、その知名度は半端ではない。

新人どころか、アイドルの間でさえ、彼女に対して多くの疑念と猜疑心を抱いている。

噂によると、雲詩詩がデビュー前に林鳳天の映画に出演できたのは、すべて裏でスポンサーが支援しているからだという。

そうでなければ、まったく無名の新人が、どうして林鳳天の映画に出演できるというのか？

それだけではない。

彼女にどんな資格があってかんうの年次宴會に招待されたのか。楊芈と唐羽でさえコネを使って入り込んだというのに、彼女はどうしてそんなことができたのか？

それも顧星澤のパートナーとして？

しかも顧星澤が直接誘ったという話まである？

そんなことありえるのか？

顧星澤は業界でも高慢さで有名なのに、無名の新人をパートナーとして直接誘うだろうか？

容姿だけが理由？

しかし芸能界を見渡せば、才能豊かで、美しい人は数多くいる。どんなタイプの人もいないわけではない。

セクシーで情熱的な人もいれば、絶世の美女もいれば、清純可憐な人もいる……

競争は激しく、争いは熾烈だ。

それだけではない。

この映画の主演女優と宴會で名を上げれば、後は契約してデビューするのも順当な流れではないか？

こんな恵まれた機会が、裏にスポンサーがいないと言われても、誰が信じるだろうか？

ただし、この点については、雲詩詩は完全に冤罪だった。