こう言えるでしょう。顧家は恐らく唯一、慕家と肩を並べられる大家族なのです。
顧家の勢力図は一体どれほど大きいのか?
誰も正確には分からないのです。
ここ数年、様々な手段で家族のイメージを浄化してきましたが、骨の髄までやくざの本質が染み付いており、手段も作風も非常に残虐でした。
特に顧景蓮は……極めて危険で恐ろしい人物でした。
顧景蓮が顧家當主の座に就いたのは、わずか二十三歳の時でした。しかし、大権を手に入れるや否や、野心と残虐性を露わにし、就任の翌日には、彼に二心を抱く堂主や家臣を一人残らず粛清したのです。
その手段の厳しさは、人々を戦慄させました。
顧景蓮の手腕と比べれば、楊壽程のレベルなど物の数にも入りませんでした。
やくざの皇太子である顧景蓮は、その身分ゆえに神秘的で測り難く、その素顔を見た者はごくわずかでした。