第579章 誰にも挨拶したくない

楊熙は恐怖で体が震え、特に相手が彼女を見つめた時はなおさらだった。

骨の髄まで染み渡るような暗さに、思わず背筋が凍りついた。

楊熙は唇を微かに動かしたが、声を出すことができなかった。30分後、警察が来て、楊熙の鍵を開けながら言った。「楊熙さん、保釈されました。今、出られますよ。」

出られる……

その言葉を聞いて、楊熙はその場に立ち尽くし、長い間動けなかった。

「警官さん、唐寧が来るまで待ってもいいですか？」楊熙は思わず警察に尋ねた。

若い警官は楊熙を一瞥し、笑いながら言った。「拘留されている時は出たがっていたのに、今度は出られるのに出たくないなんて、どういうつもりだ？」

「いえ、ただ……」楊熙は言葉を詰まらせた。

「出るのか出ないのか？」警官は苛立ちながら尋ねた。

楊熙は言いかけて止め、警官を見つめ、しばらく躊躇した後、話そうとした時、倪おじさんの助手がスーツ姿でブリーフケースを持って楊熙の前に現れ、「行きましょう。倪おじさんが待っています」と言った。

楊熙は仕方なく、助けを求めるような目で警官を見たが、警官は楊熙の目に込められた深い意味を理解できなかった。

高慢な助手は楊熙を前に歩かせ、楊熙が自分をどれほど恐れているかを知っていたが、長年裏社会にいた彼は任務以外のことは考えなかった。

楊熙の歩みは遅く、何度も振り返って警官を盗み見ていた。エレベーターに乗ってから、冷酷な助手は楊熙に「怖がることはない。痛くはないから」と言った。

その言葉を聞いて、楊熙は背筋が寒くなり、無意識に両手を組み合わせた。エレベーターが「ディン」と鳴り、到着すると、楊熙は人混みに紛れて逃げようとしたが、冷酷な助手は彼女をつかまえ、「気をつけて、逃げないで……」と諭した。

楊熙は絶望的に目を閉じ、未来に対してもう何の希望も持てなかった。

一行が警察署の玄関を出ようとした時、一台の黒いリンカーンが突然楊熙の前に停まった……

そして、お腹の大きい唐寧が車から降りてきた。彼女と一緒に、帝王のように威厳のある墨霆と落ち着いた陸澈もいた。

唐寧は、楊熙が冷酷な助手に両手を押さえられ車に連れて行かれそうなのを見て、その助手を無視するふりをして、楊熙に直接言った。「警察に私に連絡してほしいと言ったんじゃないの？どうして？会わずに行くの？」