065.気にしない

そのため、彼は彼女のそばにこれほど長い間いても、その一歩を踏み出す勇気がなかった。

これが他人の言う、大切に思えば思うほど臆病になるということなのだろう。

沈澤珩は心の中で苦笑いをした。その時、前の信号が青に変わり、彼は再び車を発進させた。

「でも、栩栩、正直に言うけど、陸墨擎と離婚した後、もう結婚するつもりはないの?」

沈澤珩はいつものように、何気なく尋ねた。

喬栩が気にも留めずに笑うのを見て、その笑顔があまりにも淡々としていることに気づいた。

まだ26歳の若さなのに、その笑顔の中に、彼は少し寂しさを感じ取った。

陸墨擎のところで一体何を経験したのか、喬栩のような高慢で美しい女の子の目に寂しさという言葉が浮かぶほどに。

「もうしないわ」

沈澤珩は少し驚いた。喬栩の答えがこんなにもはっきりしているとは思わなかった。

彼女は暗い目で前方を見つめ、沈澤珩に話しかけているようでもあり、独り言を言っているようでもあった。

「ずっと、私は...陸墨擎との関係は足し算だと思っていた。相手がゼロでも、私が少し頑張って、もう少し頑張れば、この感情は少しずつ増えていくはずだと。でも今やっと分かったの。愛は実は掛け算なんだって。相手がゼロなら、私がどんなに頑張っても、この感情は永遠にゼロのままなの」

そう言って、彼女は突然自嘲気味に笑い、目の奥に隠れていた悲しみを押し殺した——

「陸墨擎との結婚生活で、私は彼を愛するために全ての力と勇気を使い果たしてしまった。もう他の人を愛する余裕はないの。他の人を巻き込んで迷惑をかけるのは、その人にも公平じゃない」

「僕は気にしない!」

沈澤珩のこの言葉は、ほとんど思わず口をついて出たものだった。しかし、喬栩の冷ややかな視線を受けると、彼はまた慌てて言葉を引っ込めた。

「つまり、男性の立場から言えば、もし僕が君を愛しているなら、公平かどうかなんて全然気にしないよ。なぜ自分にチャンスをあげないの?」

沈澤珩は心の中で人殺しをしたくなるほど焦っていたが、それでも我慢して喬栩に説明した。

喬栩はまだ無関心な様子で、沈澤珩の言葉を気にも留めず、ただ軽く「ええ」と返事をしただけだった。