第443話

栗原井池は署名を終えると、その契約書を見つめていた。

躊躇している間に、一部は既に紀田杏結に取られていた。

紀田杏結は目を伏せ、その離婚協議書を丁寧にバッグに入れると、窓の外を見つめた。

紀田のお母さんは栗原井池の上の空な様子を見て、思わずため息をついた。

栗原家は恋に落ちやすい、それは彼女が前から知っていた。

栗原家の三男が結婚しないのは、ずっと南條静佳のことを想い続けているからだ。

夫も自分に一途だったし、栗原井池のこの様子は、明らかに紀田杏結に心を奪われている。

紀田杏結のためなら、この子供を認知するところまでできるほどに。

ただ残念なことに……

二人にはそういう縁がなかったのだ。

他のことは譲歩できても、子供の件は大騒ぎになってしまった。このまま認知してしまえば……

栗原のお父さんも眉をひそめ、紀田杏結を叱りつけた。「杏結、うちの家族はお前に十分よくしてきただろう?どうしてこんなことができるんだ?井池もお前もだ。子供が自分のものじゃないのに、なぜ最初に彼女を義兄に殺されるのを止めたんだ。こんな結婚を強いられるなんて!頭がおかしくなったのか!」

紀田杏結は俯いたまま、何も言わなかった。

栗原井池は眉をひそめ、やはり何も言わなかった。

その瞬間、車内は静まり返った。

誰も気づかなかったが、栗原井池は今、拳を強く握りしめ、全身から冷たい殺気を放っていた!

車はすぐに病院に到着した。

栗原のお父さんとお母さんが車を降り、何か言おうとした時、栗原井池が突然ドアを閉め、運転手に怒鳴った。「降りろ!」

運転手は驚いて、反射的に車を降りた。

栗原井池はすぐにドアをロックし、「カチッ」という音と共に外から開けられなくなった。

彼は赤く充血した目で紀田杏結を見つめた。

紀田杏結は彼を見つめ返した。「何をするつもり?」

栗原井池は沈んだ声で言った。「この親子鑑定は、どうしてもしなければならないのか?」

紀田杏結は一瞬固まった。

栗原井池は冷笑した。「どうした?以前は子供に父親がいなくて戸籍に入れられないから、私という騙されやすい奴を見つけたんだろう。今になって私を振り切りたいのは、子供の父親が戻ってきたからか?それとも、また連絡を取り合っているのか?」

紀田杏結は口を開いた。「私は何も……んっ!」