西山別荘、楓葉堂書店。
秘書が携帯電話を天野会長に差し出した。「会長、海輝社長からのお電話です。」
「わかった」天野会長は香水のサンプルを置き、秘書から電話を受け取り、退室を促した。
秘書が恭しく退室すると、天野会長は携帯を耳に当て、低く渋い声で「もしもし」と応えた。
「旦那様、こんにちは」墨野宙の声は低く、危険な響きを帯びていた。
「お前が私の孫娘と付き合っている男か?」天野会長は単刀直入に尋ねた。
「墨野宙です」墨野は謙虚でありながらも堂々と挨拶をした。二人の気迫は互角だった。天野会長は年長で賢明ではあったが、墨野もまた落ち着きがあり、測り知れない深さを持っていた。
「ふん、芸能界のような濁った世界に、本物の愛なんてあるものか」
墨野は軽く笑い、天野会長の軽蔑など気にも留めず、ただ尋ねた。「私からお宅に贈り物を送らせていただきましたが、お手元に届いておりますでしょうか?」
「何の贈り物だ?」
「私と天野奈々の婚約について、贈り物を送らせていただきました。しかしその後、私が池田家の令嬢と結婚するという噂が広まりまして……」
「何が言いたい?」天野会長は冷たく問い返した。
「池田家と天野家は親しい間柄のはず。私と池田さんとの間に誤解があったことで、もし旦那様が私に対して誤解を抱かれているのでしたら、私から説明させていただきます。奈々を傷つけるような根も葉もない噂を流す必要はないはずです」墨野の声は天野会長よりも冷たかった。「あなた方が奈々の存在を無視するのなら、彼女がいないものとして扱えばいい。私が彼女を大切にすることを邪魔しないでください」
墨野のこの言葉は、非常に巧みだった。
まず贈り物を送ったことを説明し、その後に悪い噂が広まったこと、そして暗に池田家と天野家のリソース共有を指摘し、この件が天野家と無関係ではないことを示唆した。
「若造、目上の者への礼儀を知らんのか?」天野会長はこのような詰問を受けたことがなかった。
「失礼があったならお詫びいたします。もし本当に奈々を孫娘として認めたくないのでしたら、彼女を私に任せてください」そう言って、墨野は電話を切った。