「この件は、あなたたちの言うとおりにはいきませんよ」天野奈々は栗原暁に軽く笑いかけながら言った。その目には少しの動揺も怒りも見られず、それが栗原暁には不思議でならなかった。
「なぜ、どんな時でもそんなに落ち着いていられるの?教えてよ?」
「それは、悪事を働く者は成功しないと知っているからよ」天野奈々は確信を持って笑った。「少なくとも、私の世界では、悪事を働いて本当に成功した人はいないわ」
栗原暁は天野奈々の本質を見抜けなかったが、天野奈々が自分を見透かしていることは十分に分かっていた。
知恵の面では、来世でも天野奈々には及ばないだろう。どんな困難も乗り越えられる天野奈々が信じられなかった。誰にだって運の悪い日はあるはずだ。
「秋人がしたことは、私たちの誰にとっても良くないことだと分かっています。でも、私は何を犠牲にしても彼を守ります」そう言って、栗原暁は天野奈々の視界から消えた。天野奈々は振り返ることもなく、自分の部屋に戻った。
どうやら、栗原暁は制作側が白川秋人を降板させる予定だということを知らないようだった。
天野奈々は思った。争いあって、結局は無駄に終わるのなら、何の意味があるのだろう。
その夜、中村さんから電話があった。「また何かあったの?あのおじいさんは何なの?あなたって本当に炎上体質ね、ちょっとしたことですぐトレンド入りするんだから」
「誰かが故意に...」天野奈々は無奈に説明し、撮影現場での出来事を中村さんに話した。中村さんはそれを聞いて、すぐに激怒した。
「あなたの運勢って何なの?主演俳優と第二女優が恋人同士で、あなたを追い出そうとするのは当然でしょう。でも、あなたが去ったら、誰が一番得をするか考えもしないの?」中村さんはため息をついた。「まあ、あなたが何をするにも障害に遭うのはもう慣れたけど。障害がなければ、天野奈々じゃないもんね」
「この件について監督はどう言ってるの?」
「キャストを変更するって」天野奈々が答えた。
「あなたを?」
「白川秋人よ」天野奈々は中村さんの奇声に耐えられず、思わず笑みを漏らした。
「それならいいけど...」中村さんはほっと息をついた。「私が妊活中じゃなければ、毎日でもついて行きたいわ。社長があなたにつけたあのマネージャー、まともに仕事してないじゃない」