天野会長は天野家に戻ってから、書斎で一人長い間座り込んでいた。手には墨野宙から渡された黒い箱を持ち、何度も迷った末、結局その箱を金庫にしまい込んだ。なぜなら、中身を見てしまえば、もう一秒たりとも天野茜と一緒にいたくなくなるだろうと分かっていたからだ。
すぐに、天野茜が外から扉をノックした。「おじいちゃん、入ってもいい?」
天野会長は複雑な表情を隠し、ドアに向かって答えた。「どうぞ」
天野茜はドアを開けて入り、明るく笑顔を見せた。彼女は天野会長の側に寄り、その腕にしがみついて揺らしながら言った。「おじいちゃん、妊娠して家にいるの退屈だわ。仕事に行ってもいい?」
仕事か……
天野茜の本性を見抜いてからは、彼女の言葉や行動の全てが、会長の中で無意識に陰謀と結びついてしまうようになっていた。
天野茜が仕事に戻りたいと言い出したのは、結局のところ子供を利用して天野家に戻り、自分の復権の足がかりにしたいだけだろう。
「妊娠したばかりじゃないか。仕事なんかして、私のひ孫を疲れさせるわけにはいかない」
「大丈夫よ、おじいちゃん。私の性格知ってるでしょう?止められれば止められるほど……やりたくなるの」
天野会長は彼女の性格をよく知っていた。おそらく天野茜は、会長が天野家を彼女に渡さないまでも、以前の地位には戻してくれると思っているのだろう。しかし……
彼女は本当に見誤っていた……
会長は当然彼女の仕事復帰を認めるつもりだった。そうしなければ、彼女はきっとより派手な芝居を打って同情を買おうとするだろう。そこで会長は微笑んで、彼女の手の甲を叩きながら言った。「いいだろう。おじいちゃんが許可する。すぐに電話して手配しよう。でも約束してほしい。必ず体調に気をつけて、以前のように無理はするな」
「ありがとう、おじいちゃん」天野茜は心から喜んでいた。会長の自分への愛情を考えれば、そう長くない内に墨野玲奈を追い出し、本来自分のものだったものを取り戻せるはずだと確信していたからだ。
「休んでおいで。おじいちゃんはもう少し書類を見る」天野会長は天野茜の笑顔を見て、今では恐怖と偽善しか感じなかった。
本来最も親しい間柄なのに、彼女は悪魔のように、最も大切な人々を思う存分傷つけていた。
「はい」