「墨野社長は紳士の品格を失ったとは少しも感じないのですか?事が大きくなれば、海輝にとっても良いことはないでしょう。お互い一歩譲り合うのはいかがでしょうか?」
「下川社長は私にどう譲歩してほしいのですか?」墨野宙は直接反問した。「下川社長は自分の女を大切にするのに、なぜ私に譲歩を求めるのですか?私の女は、いじめられて当然なのですか?」
墨野宙の言葉は強くも弱くもなく、感情すら感じられないほどだったが……
その疑問を帯びた口調、少しも譲らない態度は、相手に彼の言葉の中にある危険性を深く感じさせた。
「そういうことなら、墨野社長は譲るつもりはないということですね?でも、今の東京の人々は皆、私の味方だということをご存知でしょう」
「下川社長のその発言は笑止です。東京の人々が、是非もわからないほど堕落して暴力団を支持するとは思えません……芸能ゴシップはゴシップですが、善悪の判断くらいは持ち合わせているはずです」墨野宙は直接皮肉った。
「ふん、それなら様子を見ていましょう」相手は明らかに墨野宙の反撃に怒り、捨て台詞を残して電話を切った。
墨野宙は相手が目的を達成するためなら何でもするということを知っていた。それこそ暴力団出身の生き方そのものだが……彼、墨野宙は生涯誰も恐れたことがなかった。
新井光が天野奈々の髪の毛一本でも触れば、千倍にして返すつもりだった。たとえ新井光の計画が実現していなくても、考えただけでも許せなかった。
天野奈々は墨野宙の保護者ぶりを全て聞いていた。そして夫婦としてこれほど長い時間を過ごしてきて、彼女の心をまだ高鳴らせるのは、墨野宙の言行が常に一致していることだった。口で言ったことは必ず実行し、決して空約束はしない。そして、天野奈々が最近墨野宙に夢中になっている理由は、彼が全世界を敵に回すことを恐れないことだった。
彼の世界では、彼女がすべてだった。
そのため、天野奈々の眼差しも深みを増し、自然と膨らんだ腹部に手を当てた。
新井光は今回、死罪に値する!
……
東京に戻ってから、墨野宙は海輝のビルに姿を現したが、依然として新井光の件については対応せず、何事もなかったかのように振る舞っていた。