墨野宙は最初から最後まで真剣に見ていた。これは天野奈々にとって、本当の意味での初めての主演だったからだ。
天野奈々は少し緊張した様子で墨野宙を見つめていると、彼の口元に優しい笑みが浮かんだ。
「なぜそんな目で見つめるの?」
「あなたの意見が聞きたいの」天野奈々は答えた。「だって、本当の役者をどう評価すべきか、一番よく分かっているのはあなただから」
「墨野夫人にそこまで崇拝されるとは、光栄ですね」墨野宙は天野奈々を抱き寄せ、彼女の頭に顎を乗せた。「実は何も言いたくないんだ。なぜなら、会場の観客一人一人が、この映画に対する率直な感想を表現していて、私もその一人に過ぎないからね」
「奈々...君はすでによくやっている。これからはもっと上手くなれる。『奇夫』で日本アカデミー賞の新人賞を獲れるはずだ!」
これは墨野宙の慰めではなく、本心からの言葉だった。天野奈々の実力は、彼の予想以上だった……
特に北川東吾との共演シーンでは、二人の緊張感のある演技の掛け合いに、観客は圧倒され、興奮を覚えた。
新人賞!
これは新人俳優が最も憧れるものであり、天野奈々も例外ではなかった。そうでなければ、彼女の目に期待の色は浮かばなかっただろう。
しかし、彼女の映画『奇夫』が絶賛上映中のとき、メディアは突然衝撃的なニュースを報じた。人気歌手の鈴木ほしが、10歳年上の売れない女優、鈴木杏子と交際中だというのだ!
さらに、二人が同じ車に乗っている写真も証拠として出回っており、鈴木杏子は鈴木ほしとともにハイアットレジデンスに入り、天野奈々の承諾を得るためだったという。
「よしさん、約束を守る気がないみたいね」天野奈々は皮肉っぽく言った。
「そうとは限らない。彼女にはそんな度胸はないはずだ」墨野宙は天野奈々の目をじっと見つめながら言った。「誰かに利用されているかもしれない」
「伊藤やすのぶに任せましょう……」
今回、天野奈々は介入しないつもりでいた。
しかし、誰もが驚いたことに、天野剛はすぐに説明に出てくるべきだったのに、そうしなかった。ファンの多くは彼の若さとルックスに惹かれていたのだから、今回の噂、それも10歳年上との噂は、ファンの心を直接傷つけることになるはずだった。
「鈴木ほしさんが早く否定してくれることを願います」