第561章 墨野さん、自制を

新井光は徹底的に後のことを考えず、目的を達成するためには手段を選ばず、目先の利益だけを追い、長期的な計画など全く考えていなかった。

そのため、天野奈々は新井光を説得できるとはほとんど期待していなかった。

東京の芸能界では、スターたちの間で表立った争いや陰謀があるものの、新井光のようにここまで大胆な行動をとる者は初めてだった。

おそらく暴力団の手法に染まったせいで、新井光は自分の中の暴力性に気付いていなかった。実際、彼女が言う暴力団の親分と同じような存在になっていたのだ。

妊婦に手を出すなんて、しかも妊娠6ヶ月の身だというのに。

この機会を捉えて、天野奈々は助けを求める声を上げた。クイーンズホールを通りかかった人が、天野奈々の叫び声を聞いたのか、すぐにドアを開けたが、多くのボディーガードと新井光を目にして、一瞬躊躇してから逃げ出してしまった……

恐れるのは当然だ。特に異国の地では。天野奈々の見間違いでなければ、その女性もチャリティーナイトに招待された有名芸能人の一人のはずだった。

「助けを呼んでも無駄よ。誰も助けになんて来ないわ。」

「思い上がっていた天野奈々がこんな日を迎えるなんて、私の手に落ちる日が来るなんて、想像もしていなかったわ。」

天野奈々は二人の大柄な男性が近づいてくるのを見て、心の中では不安を感じながらも……墨野宙が必ず現れる、墨野宙は絶対に自分と子供を危険な目に遭わせないと、固く信じていた。

「わかったわ。もう抵抗のしようもないけど、でも言わせて。あなたは間違った相手を捕まえたのよ。」

天野奈々は苦笑いを浮かべながら、自分のお腹を指さして言った。「私のことを買いかぶりすぎよ。私がここまで来られたのは、あなたと同じように、ただ利用されていただけなの。みんな私のことを墨野宙の愛する人、墨野宙が最も守る人だと思っているけど、実は違うの。」

「墨野宙は他の人を愛しているの。私はその人の盾になっているだけ。今みたいに、私があなたに誘拐されても、結局日本アカデミー賞は彼女のものになるのよ。」

新井光は天野奈々の言葉を聞いて、思わず笑い出した。「作り話を続けなさい……」