「でも、あの夜は……」
あの夜のことを思い出し、天野剛は思わず嘲笑うような笑みを浮かべた。その笑みのせいで傷口が引っ張られ、痛みで小さく息を吸い込んだ。「あの時、私は責任を取ろうとしたのに、あなたは何も無かったかのように振る舞った。なぜ今になって貞操を気にし始めたんだ?どちらにしても、これは私の過ちだ。でも、どうやって責任を取ればいいというんだ?」
「知子、あなたには婚約者がいる。それなのに私も引き留めたいのか?」
「彼のことは諦められます……」
「でも、私はもうあなたを望んでいない」天野剛は即座に返答した。その言葉には一切の迷いがなかった。
「近藤青子が本当にあなたの求める人だと、そんなに確信しているの?」
「誰のことも確信なんてしていない。別に恋愛がなくても生きていける」天野剛は冷たい声で言い終えると、病室のドアを指差して言った。「用が済んだなら帰ってくれ。これ以上ここで時間を無駄にしないでくれ」
「芸能界からの引退を宣言した以上、二度と戻ることはない」
「もう一度チャンスをください……」柴崎知子は天野剛の前で涙を流し、その瞳は引き裂かれるような痛みを映していた。おそらく、この時の柴崎知子こそが、かつて天野奈々の側にいた頃の柴崎知子に最も近かったのかもしれない。「本当にまたあなたと一緒にいたいんです」
「もう私はあなたのことが好きじゃない。この空っぽの殻に何の意味がある?あなたのプライドが許すのか?」天野剛は直接問い返した。「知子、このドアを出て、婚約者と幸せに暮らしてくれ。余計なことは考えないで」
もし、これまでの天野剛の言葉が急所を突いていなかったとすれば、プライドという二文字は、まるで鋭い剣のように柴崎知子の心を深く刺し貫いた。
プライド……
彼女にももちろんプライドがあった。そしてまさにそのプライドのために、もう天野剛に手を差し伸べることができなくなった。
ある作家が言ったことを思い出す。愛を語る時にプライドを持ち続けているなら、それは一つの理由でしかない。実は自分自身が一番愛しているのだと。
天野剛は大量の精神力を消耗したため、目を閉じて休息を取ることにした。そしてこの時の柴崎知子は、惨めで場違いな存在に見えた。
「天野剛、覚えておいて。あなたが私を拒んだのよ」