「そんなことはありません」墨野宙は天野奈々の手をしっかりと握りしめた。結婚して2年以上が経ち、お互いの感情は骨の髄まで深く染み込んでいた。天野奈々は確かに緊張していたが、墨野宙に慰められると、突然リラックスした。この男性が傍にいれば、賞を取れるかどうかなんて、どうでもいいことだった。
すぐに、黒いロールスロイスは日本アカデミー賞の会場に到着した。レッドカーペットの端で、天野奈々は墨野宙の腕を組んで階段を上がった。二人の登場に、記者たちは柵を突き破りそうなほど興奮したが、墨野宙がいる以上、その勇気は誰にもなかった。
「天野さん...墨野さん...」
「天野さん...こちらを向いて、奈々さん」
「墨野パパ、私たちの天野奈々をしっかり守ってあげてね」
遠くから、ペンライトを持ったファンが墨野宙と天野奈々に向かって大声で叫んだ。天野奈々は思わずその方向に微笑みかけ、すると墨野宙は天野奈々を半ば抱きかかえるように抱擁し、その親密な様子にファンは大興奮した。
天野奈々はずっと控えめな生活を送り、女優に転向してからもほとんどバラエティ番組に出演せず、インタビューも一切受けなかった。プライベートな用事で数回姿を見せただけだったので、現在のファンが彼女に会うのは簡単ではなく、まして墨野宙との共演の場面はなおさらだった。
授賞式の司会者はサイン壁の前に立ち、墨野宙夫妻を見かけると自然に二人に挨拶をした。ただし、墨野宙がいたため、司会者は天野奈々に対して冗談一つも言えなかった。まるで天野奈々が受賞のためではなく、上司と視察に来たかのような錯覚を覚えたからだ。
「墨野社長は本当に奥様を大切にされていますね。常に身近で守っていらっしゃる。でも今日は司会者として天野さんに一つ質問させていただきたいのですが、お子様の体調は現在いかがでしょうか?」
「現在は良好です。皆様のご心配ありがとうございます」天野奈々は真摯に答えた。「子供の病気で大きな騒ぎになってしまい、皆様にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
天野奈々のこの言葉には、本当に申し訳ない気持ちが込められており、とても誠実で、少し切なさも感じられた。
これに司会者は心を打たれた:「母親として、あなたは既に全力を尽くされたと思います。どんな立場になっても全力を尽くす方ですから、母親としても同じですよ」