「そうね、何度も会ってるのに、ゆっくり話す機会がなかったわね」夏川晴海は大げさな口調で、加藤恋の手を取り、まったく気まずそうな様子もなく続けた。「前にRCスタジオで、あなたと話したかったんだけど、タイミングが合わなくて。それに、なぜかいつもすぐに帰っちゃうから」
そういう魂胆だったのか、加藤恋は心の中で理解した。彼女がここでこんな演技をし、わざとスタジオでの出来事を持ち出すのは、周りの人に二人の関係を推測させ、加藤恋がチャンスを不正な手段で得たのではないかと思わせるためだった。
加藤恋が何か言おうとした時、セクシーな服装の女の子が近づいてきた。彼女は加藤恋を見て喜びの表情を浮かべ、思わず感嘆の声を上げた。「本当に綺麗ね!加藤恋さんですよね?私、東根瑞希です。お会いできて嬉しいです。RCの広告写真、すごく良かったです。表現力がとても素晴らしいですね」
この『望花』の主役選考は狭き門で、会場にいる全員が彼女より知名度が高かった。加藤恋は来た時、おそらく誰も自分のことを知らないだろうと思っていたが、意外にも全員が彼女の名前を知っており、広告モデルとしてデビューしたことも知っていた。
「ありがとうございます」加藤恋は東根瑞希に優しい笑顔を向けた。この女の子が自分を助けようとしていることはよく分かっていた。
しかし、その場にいた人々は、この東根瑞希がなんて計算高いのだろうと陰で非難した。視聴率と画面映りのために、もう加藤恋に近づき始めているなんて。
加藤恋はエイベックスの所属タレントだ。エイベックスは必ず加藤恋にお金をつぎ込むだろうから、彼女の出演シーンは間違いなく多くなるはずだ。
東根瑞希は一目で、この夏川晴海が手ごわい相手だと見抜いていた。加藤恋のような女性は白紙のようなもので、古狐には太刀打ちできないだろう。
「どの部屋に泊まるの?私が案内するわ!もしかしたら近くかもしれないわね!」東根瑞希は加藤恋のキャリーケースを取り、一緒に行こうとした。
「304号室です」加藤恋の言葉が終わるか終わらないかのうちに、夏川晴海が再び近づいてきた。この時こそ、自分の寛容さを見せつける絶好の機会だと思ったのだろう。
「私も一緒に行くわ。近くなの」