加藤恋は藍井正など見向きもせず、一歩後ろに下がって振り返り、足を上げて藍井正の胸を蹴った。一見力の入っていないように見えたその一蹴りで、藍井正は倒れてしまった。藍井正は少し痛いだけだったが、もう一発食らうのは嫌だったので、急いで地面に倒れ込み、胸を押さえて苦しむふりをした。
料理を運んできた給仕係は個室で何が起きたのか分からず、ノックをしてカートを押して入ってきたが、散らかり放題の個室を見て驚いて口が閉じられなかった。
「おい!ここで暴れている者がいる。早く人を呼んでくれ!この方は秋山家の御曹司だぞ。北部の名門、秋山家の!」藍井正は救いの藁をつかんだかのように、給仕係に向かって大声で叫んだ。
しばらくすると、伸縮警棍を持った十数人が入り口に駆けつけてきた。
「あの女を取り囲め」援軍を得て自信を取り戻した藍井正は、すぐに地面から立ち上がり、加藤恋を指さして怒鳴った。