第28章：紀傾顏の求愛者
「この女は何なんだ、なぜここにいるんだ」
林逸も少し意外だった。ここで徐洋に会うとは思わなかった。
彼女の様子を見ると、どうやらここに個人秘書として応募に来たようだ。
「私がどこにいようと、あなたに関係ないでしょう。配車サービスの運転手のくせに、よくもここに来れたわね。ここがどんな場所か分かってるの！」
徐洋は胸の前で腕を組み、高慢な態度で林逸を見つめた。
先ほど車から追い出された事を思い出すと、怒りが込み上げてきた。
パン！
裴浩は我慢の限界に達し、徐洋の顔を平手打ちした。
「お前、頭おかしいのか。林さんにそんな口の利き方をするとは！」
徐洋は平手打ちでぼうっとしながら、「な、なぜ私を叩くの...」
「林さんは九州閣のオーナーだ。なぜ叩いたか分かるだろう！」
「彼が、彼が九州閣のオーナー！？」徐洋は目を丸くし、眼球が飛び出しそうになった。
「彼は配車サービスの運転手よ。九州閣のオーナーなんてありえないわ。私が来た時も彼の車に乗ってきたし、スマホにも配車履歴が残ってるわ」と徐洋は言った。
「配車サービスの運転手だからって、九州閣の別荘を買えないとでも？」と林逸は反問した。
「それは...」
突然、徐洋は何かに気付いたような感覚に襲われた。
もしかしたら、最初から自分が誤解していたのかもしれない。
あのパガーニ・ウインドは本当に彼の車で、配車サービスをしているのは、単に人生経験のためだったのかもしれない！
「林、林さん、申し訳ありませんでした。どうか許してください。もう一度チャンスをください」
「周宣、この人を外に出してくれ。会議室が生意気な女の臭いで鼻につくよ」
他の女性たちは思わず笑いを漏らした。林さんはユーモアがあるなと。
こんなイケメンの金持ちの下で働けるなら、給料が安くても構わないわ！
「徐さん、あなたはここではお断りです。すぐに出て行ってください。さもないと警備員を呼びますよ」
徐洋は振り返って裴浩を見た。これが最後の望みだった。
「何を見てるんだ、さっさと出て行け！」
裴浩は怒鳴った。もし林さんに自分が彼女と知り合いだと分かったら、自分まで巻き込まれるかもしれない！
裴浩は言い訳の余地を与えず、徐洋を引きずり出した。自分に累が及ばないようにするためだ！
会議室は静かになり、応募に来た数人の女性たちは落ち着かない様子だった。
林さんに良い印象を与えなければ。そうすれば自分のチャンスが増えるかもしれない。
「林さん、残りのこの5人が、私たちが選考した個人秘書候補です」と周宣は言った。
林逸は5人を順に見渡した。容姿は及第点だが、気品の面では少し物足りないようだった。
「どれも満足できないな」と林逸は首を振りながら言った。
「全員帰してくれ。一人5000元ずつ支給して、無駄足を踏ませないようにしてくれ。後で経費は私が払うから」
周宣は密かに首を振った。残った5人は自分が厳選した人材だったのに、林さんは一人も気に入らないなんて。お金持ちの趣味は本当に難しいものだ。
林逸に選ばれなかった5人の女性たちは非常に落胆した。5000元の補償金がもらえるとはいえ、採用されなかったことは残念だった。
一人で家に戻った林逸は、もう一度家の中を見て回り、その後ゆっくりとお風呂に浸かって、とても満足そうだった。
ブーブーブー——
夜9時過ぎ、紀傾顏からLINEが来た。
「中堂マリンセンターまで迎えに来て。もうすぐ終わるわ」
「了解！」
電話を切ると、林逸は車のキーを持って出かけ、レストランの駐車場まで車を走らせた。
「いつ出てくる？」と林逸はLINEで尋ねた。
「すぐよ、数分待っててね。ロビーに休憩スペースがあるから、そこで座って待っていて」と紀傾顏は思いやりを込めて言った。
「分かった」
暇つぶしに、林逸はロビーに行ってコーヒーを注文し、スマホでライブ配信を見始めた。
数分後、エレベーターのドアが開き、十数人が降りてきた。
「顏顏、私たち久しぶりに集まったんだから、この後どこかで二次会しましょうよ」
話しかけた女性は紀傾顏より半頭分低く、顔を赤らめており、かなり飲んでいる様子だった。
「もう遅いから、帰らないと」
「何を心配してるの？私たちのナイトガード丁毅がいるから、遊び終わったら必ず無事に送り届けてくれるわよ、安心して」
丁毅という名の男性は、カジュアルなスーツを着て、手首にはカルティエの腕時計をつけており、笑いながら言った：
「顏顏、私たちクラスメイト、何年も会ってないんだから、せっかくの機会だし、思いっきり楽しまないと。これからはこんな機会もないかもしれないよ」
「帰ってから仕事の処理もあるし、それに既に車を呼んでるの」
「車？ディディ？」
「うん」紀傾顏は頷いた。
「顏顏、今のディディは安全じゃないわよ」と背の低い女性が言った。「ニュースでも何度も報道されてるでしょ。可愛い女の子を見かけると、運転手が悪いことを企むって」
「私もそのニュース見たわ」と別の女性が言った。「傾顏、あなたのそのスタイルと顔なら、考えてもいない運転手でも誘惑されて犯罪を犯しかねないわ。やっぱり丁毅に送ってもらったほうがいいわ」
学生時代から二人は金のカップルと呼ばれていて、今でも皆が二人を引き合わせようとしていた。
「大丈夫よ、ディディの運転手は私の友達だから、心配ないわ」と紀傾顏は説明した。
「顏顏、すごいわね。そんなレベルの友達まで知り合いなんて」
紀傾顏のクラスメートたちは、彼女の行動を全く理解できなかった。
名門校を卒業し、裕福な家庭出身で、起業も順調なのに、なぜディディの運転手と友達になるの？
そんな低レベルの人々は、紀傾顏とは全く違う世界の人なのに。
紀傾顏は笑って頷き、何も言わずに周りを見回した。
そしてロビーのソファで、林逸を見つけた。
「林逸」
紀傾顏が自分の方に歩いてくるのを見て、林逸は立ち上がった。「行こうか」
「顏顏、この人があなたの友達？」
林逸を見て、紀傾顏の女性クラスメートたちは呆然とした。
なんてイケメンなの、アイドルデビューできるレベルじゃない！
「なるほど、顏顏がこんな友達を作るのも分かるわ。顔がいいからね」
「そうよね、私だってこんな友達なら気にしないわ」
女性たちがひそひそ話をしているのを見て、男性たちは我慢できなくなった。
「お前らも一応名門校卒なのに、男を見る目が低俗すぎるだろ」
話したのは吳永波で、大学時代は丁毅のルームメイトで、とても仲が良かった。
「私たちは単に鑑賞してるだけよ」
「イケメンだって何の役に立つ？」と吳永波は軽蔑したように言った。「イケメンでもディディの運転手じゃないか」
「ディディの運転手がどうかしたのか？」と林逸は反問した。
「別に何も」吳永波は意味ありげに笑った。「ただ、お前は運がいいなと思っただけだ。傾顏のような友達ができるなんて」
「彼女と友達になって何が悪い？俺はヘコヘコする奴じゃないし、別に光栄とも思ってない」
「傾顏、あなたのこの友達、能力は大したことないけど、態度だけは大きいわね」と吳永波は笑った。「ディディの運転手のくせに、偉そうにしてる」