彼女は無意識のうちにその可能性を信じたくなかった。藤堂澄人の前で、この僅かな「優位性」さえ失いたくなかったのだ。
「私生児は所詮私生児よ。表に出せるものじゃないわ。私が捨てたものを宝物のように見せびらかすなんて、滑稽だと思わない?」
彼女の言葉に、外に立っていた藤堂澄人の表情は一層険しくなった。
彼女が捨てたもの?
彼女は彼のことを、自分が捨てたものと同じだと言うのか?
中から九条結衣の低い笑い声が聞こえてきた。その声には強い皮肉が込められていた。
「遺伝って本当に面白いわね。あなたもお母さんと同じ、他人が捨てたものを拾うのが好きなのね。」
「九条...九条さん、あなた...」
木村靖子は九条結衣のその言葉に完全に打ちのめされ、目は死んだように暗くなった。
九条結衣は先ほどの揉み合いで少し乱れた服を整え、トイレから出ると、外に立っている藤堂澄人の青ざめた顔を目にした。
彼の表情には既に明らかな怒りが見えていた。九条結衣がそれに気付かないはずがなかった。
恋人が傷つけられて心配なの?
九条結衣は彼をまっすぐ見つめ、挑発的に眉を上げた。「残念ね、遅かったわ。」
その投げやりな口調には、自分が間違ったことをしたという認識は全くなかった。
でも彼女自身の心の中では、藤堂澄人の今の眼差しが、少なからず苦い思いを呼び起こすことを分かっていた。
本当に情けない。四年という月日が経っても、藤堂澄人が彼女に与える影響は消えないのだ。
今夜、藤堂澄人が何度も木村靖子を助けたことに、表には出さなかったものの、確かに心は痛んでいた。
木村靖子の言う通りかもしれない。彼女が何度も攻撃的になったのは、本当に澄人が原因なのかもしれない。
藤堂澄人は険しい表情で彼女の前に立ち、細い腕を掴んで、少し力を込めた。
「どうしてそんな言い方をする必要があるんだ?」
「汚い手を離して!」
九条結衣の目には冷たさしか見えなかった。その冷たさと憎しみは、彼の持つわずかな熱意を少しずつ押し返していった。
彼女は...彼を憎んでいた。あの日、南園ホテルで最後に彼に向けた眼差しと同じように。
「藤堂澄人、さっさと書類にサインして。私には時間がないの。法的手続きを待ってられないわ。」