273.藤堂社長の傍の女

「ご心配ありがとうございます、奥様。もう解決しました」

藤堂澄人は松本裕司の反応に満足していたが、この場に居続けることは全く歓迎していなかったため、「鍵を渡して、帰っていいぞ」と言った。

「はい、社長。奥様と社長でごゆっくりお楽しみください。失礼します」

あの媚びた表情を見て、九条結衣は思わず「おべっか使い」と罵りたくなった。誰が藤堂澄人のような男と楽しむものか。

藤堂澄人は九条結衣の心の内を知らず、車の鍵を受け取ると、横目で彼女に「食事に誘うんじゃなかったのか?乗れ」と言った。

九条結衣も躊躇わず前に進み、後部座席のドアを開けようとした時、藤堂澄人が「前に座れ」と言った。

藤堂澄人と争うことなく、九条結衣は素直に助手席に座った。

車は緩やかに中華料理店の前で停車し、二人が降りると、すぐにドアマンが駆け寄ってきて、「藤堂さん」と声をかけた。

その男は何気なく九条結衣を一瞥し、藤堂澄人から鍵を受け取った。二人が店内に入ると、こっそり同僚に笑いながら言った。「藤堂さん以外の女性と社長が公の場に現れるのを見たのは初めてですね」

「何を驚くことがありますか。さっきのお嬢さんはとても綺麗で、社長と並んでもお似合いですよ」

「そうですね。藤堂社長のような成功者の傍らに女性がいないほうが不自然ですよ」

二人の話し声は小さかったものの、九条結衣にはかすかに聞こえており、眉をわずかにしかめた。一方、藤堂澄人は入店してから終始平然とした表情で、まるで二人の話を全く聞いていないかのようだった。

「こちらへどうぞ」

店員は二人を窓際の席に案内し、メニューを差し出した。

「ご注文はお決まりですか?」

女性店員は藤堂澄人の間近にある端正な顔を盗み見ながら、思わず頬を赤らめ、九条結衣を見る目には羨望の色が混じっていた。

もし自分があのお嬢様の立場だったら良かったのに、藤堂社長と一緒に食事ができるなんて、前世でどれだけの善行を積んだのかしら。

もし九条結衣が目の前の店員がこれほど自分を羨ましがっていることを知ったら、きっとこの数十世分の善行の福をすぐにでも譲り渡したことだろう。

「何を食べる?」

藤堂澄人はメニューを受け取らず、目の前の九条結衣を見つめた。

「私がご馳走すると言ったでしょう?藤堂社長、お好きなものを注文してください」