115 特別扱いとは言えない

道乃漫は武田立则の含蓄のある視線に気付かず、むしろ神崎卓礼の視線に気が付いた。

神崎卓礼の視線があまりにも鋭く、まるで実体のように彼女の顔に注がれ、武田立则の視線を完全に上回っていた。

彼の目に浮かぶ理解の色に気付き、彼女が意図的に大澤依乃の罠を仕掛けていたことを見抜かれたようだった。

しかし彼は少しも怒っている様子はなく、むしろ興味深そうに彼女を見つめていた。

道乃漫は神崎卓礼の視線に背筋が凍る思いで、思い切って事務机に向かい、神崎卓礼から渡された企画書を取りに行った。

背を向けても、神崎卓礼の実体のような視線は彼女の背中に注がれ続けていた。

道乃漫の歩き方までぎこちなくなった。

もう少しで手足がバラバラになりそうだった。

ようやく硬直した動作で書類を持ち帰り、大澤依乃に渡して、「これが元々私が担当することになっていた企画書です。ご覧ください」と言った。

大澤依乃は何気なく受け取ったが、開いて見た途端、表情が変わった。「森田林の企画案?」

大澤依乃の顔が青ざめた。

思わず葉月星を鋭く睨みつけた。

事情もろくに確認せずに報告してきて、これは彼女を罠にはめるようなものではないか。

葉月星も表情を変えた。彼女は藤井天晴から道乃漫に企画案を任せると聞いただけで、具体的にどんな案件かは聞いていなかったのだ。

葉月星は不満げに思った。誰も大澤依乃に道乃漫と競争するよう強制したわけではないのに、なぜ彼女を責めるのか。

大澤依乃は今になって引き受けたことを本当に後悔していた。

企画案の勝ち負けは些細なことで、たとえ負けても辞職する必要はない。

しかし負ければ面目が丸つぶれだ。

大きな口を叩いてしまった今、案件を見て断るわけにもいかない。

そんな恥はかけない。

この業界では、誰もが森田林のような案件を嫌がっている。

森田林は以前、不倫騒動で評判を落としてしまった。

不倫は芸能界では珍しくなく、多くの芸能人が不倫を暴露されても、時間とともに風化していくのが普通だった。

しかし森田林は不倫が発覚する前まで、良い夫のイメージを売りにして、Twitterで愛妻家アピールばかりしていた。

ファンは彼と前妻の愛情を羨ましく思っていたのに、不倫のニュースが出た途端、良い夫のイメージは崩壊し、ファンもそうでない人も、彼の欺瞞を許せなかった。