橋本東祐の言葉に、橋本絵里子と伊藤佳代の顔が明るくなった。事態が好転するのだろうか?
「東祐、私たちは長年連れ添った夫婦だから、あなたがそんなに冷たくなるはずがないと分かっていたわ。絵里子はずっとあなたの一番のお気に入りで、一番可愛がっている娘よ。私たちを見捨てるはずがないわ」伊藤佳代は急いで顔の涙を拭った。「東祐、奈奈はさっきあの人に連れて行かれたわ。私たち四人家族は、四人そろってこそ完全な家族なの。私、私たち今すぐ奈奈を連れ戻しましょう」
伊藤佳代は、橋本東祐がこの家を出て行こうとしているのは橋本奈奈のためだということをよく分かっていた。
だから、橋本奈奈が外にいる限り、橋本東祐は必ず引っ越すだろう。
橋本東祐を引き止めるために、橋本奈奈という娘をどれほど嫌っていても、連れ戻さなければならない。それどころか、今後は神様のように大切にしなければならない。そうしないと、奈奈がまた家出をして、夫を失い、絵里子が父親を失うことになってしまう。
「そうよ、お父さん、今すぐ奈奈を連れ戻しましょう」橋本絵里子は泣きながら笑った。
さっきまで母親に、父親は役立たずで、娘さえまともに育てられないと言っていたのに。失うかもしれないその瞬間になって初めて、橋本絵里子は橋本東祐という父親が自分にとってどれほど大切な存在なのかを悟った。少なくとも今は、橋本東祐という父親を失いたくないと思っていた。
「そうよ、奈奈を連れ戻しましょう。東祐、安心して。今度は私の本気を見てください。必ず奈奈のことをちゃんと面倒を見ます。私、わがままは言いません。もう二度と自分勝手な方法で奈奈の世話をしたり、可愛がったりしません。これからは絶対にあなたを不快にさせることはしません」
やっとの思いでこの家庭を守れそうだから、今は何を言われても伊藤佳代は承諾するつもりだった。
伊藤佳代は自分に言い聞かせた。橋本奈奈はもう十六歳で、高校生なのだと。
どうせ寮生活をしているから、二週間に一度しか帰ってこない。大学に入ったら、おそらく年に二回会えるかどうかという程度だろう。
あと数年我慢すれば、橋本奈奈が卒業したら、すぐにいい相手を見つけて嫁に出せばいい。そうすれば、やっと楽になれる。