連絡先どころか、名前さえ知らない。まるでその人は虚空から現れ、煙のように消えてしまったかのようだった。
江口晗奈は仕事が多く、一度忙しくなると、あの茶色い子犬のことを考える余裕もなくなった。
たまに前回偶然出会ったホテルに行っても、もう二度と会うことはなかった。
ある時、鐘见寧の家で食事をしていた時、賀川礼が突然聞いてきた。「家政婦さんを雇ったんじゃなかったの?どうしてうちに来るの?」
「もう辞めてもらったわ」江口晗奈は平然と嘘をついた。
「理由は?」
「料理が美味しくなかったから」
賀川礼は疑わしげだったが、何も異常は見つけられなかった。
「寧、食事の後買い物に行かない?」江口晗奈は話題を変えた。
「ネットショップを始めたばかりで少し忙しいの。それに今夜は実家で食事があるから。また今度ね、私から誘うわ」