西尾奥さんは言葉を聞いて表情を変え、「ええ、以前はいましたけど、すぐに別れてしまいました。相性が合わなかったんです。それはずいぶん昔の話で、その後すぐに息子はアメリカに行ってしまいました。向こうで彼女がいたかどうかは、よく分かりません。アメリカでの事はあまり私に話してくれないので」
「なるほど、そうだったんですね。では奥様、ご心配なさらないでください。西尾社長にも以前お付き合いの経験があるなら、世間で噂されているようなことはないということですね」笹井春奈はかなり安心したような様子だった。
「春奈さん、一つ聞きたいことがあるんですが、正直に答えていただけますか?」
「はい、奥様」
「あなた、西尾のことが好きなの?」西尾奥さんは笹井春奈の顔をじっと見つめながら尋ねた。
笹井春奈は顔を真っ赤にして……
そして唇を噛みながら、こくりと頷いた。
西尾奥さんは微笑んで、「じゃあ、彼と付き合ってみたい?」
笹井春奈は顔を上げ、少し落ち込んだ様子で「西尾社長は…私なんか見向きもしないと思います」
「試してみなければ分からないでしょう?」
「奥様のおっしゃる意味は……?」笹井春奈は社長夫人が自分を助けようとしているのかと、想像すらできなかった。
笹井春奈が驚いている様子を見て、西尾奥さんは続けた。「あなたの経歴はとてもクリーンで、私も気に入っています。名家の出身ではないけれど、学者の家系ですし、ご家族も皆移民されていて、家族関係もシンプル。学歴も高く、仕事も素晴らしい。私の理想の嫁候補よ」
「奥様、私は……」笹井春奈は興奮のあまり、何を言えばいいのか分からなかった。
「とにかく、私があなたたちの機会を作ってあげるわ。誠意を尽くせば石をも通す、というでしょう。西尾は性格は冷たいけど、長く付き合えば良くなるわ」
「ありがとうございます、奥様」笹井春奈は即座に頭を下げて感謝した。
その後、笹井春奈は西尾家で夕食を共にし、食事が終わる頃、突然西尾社長が帰ってきた。
「母さん、何か用事があるって?父さんの具合がまた悪くなったの?」西尾聡雄はドアを開けて入りながら尋ねた。
「ああ、違うのよ。お父さんは元気よ。山の温泉で療養中で、家にはいないわ」
西尾聡雄は何も言わなかったが、母親の隣にいる笹井春奈に気付いた。
「社長」笹井春奈は挨拶をした。