工藤沙織はこれほど嬉しかったことはなかった。楽屋で彼女の笑い声が絶えることはなく、川村染が怒り狂って足を踏み鳴らす様子を思い出すたびに、笑いが込み上げてきた。
「妹よ、今度、今度は必ず一緒に食事しましょうね」工藤沙織は恩人のことを忘れるはずがなかった。
この子は母親が家で食事を作って待っていると言い、遅くなると両親が心配するからと帰りたがった。無理強いはできなかった。
「はい」水野日幸は鞄を背負い、礼儀正しく別れを告げた。「では工藤先生、私はこれで失礼します」
「いつも先生先生って、私たち、そんなに堅苦しくする必要ないわ。私のことを認めてくれるなら、お姉さんって呼んでくれていいのよ」工藤沙織は親しげに彼女の手を取った。「よそよそしくしないで」
スタイリストは多い。
しかし、人の魅力を最大限に引き出せる本当の一流スタイリストは稀有だ。
どのスターも、人前で輝き、群を抜いて美しくありたいと願う。
それには、スター自身の美貌と気品の他に、優れたスタイリストが必要だ。
そして中森茜先生こそ、彼女が必要としているスタイリストだった。どんな方法を使ってでも、彼女と親しくなり、手放さないようにしなければならない。
「沙織姉」水野日幸はすぐに呼び方を変えた。
どんな場所でも、友人は多い方が良い。遠ざける必要はなかった。
「そうそう、それでいいの」工藤沙織は満足げに彼女の手を軽く叩き、アシスタントに目配せした。
アシスタントは既に用意していた包装袋を彼女に手渡した。
工藤沙織は直接包装袋を水野日幸に渡した。「これは姉からのプレゼントよ。気に入らないかもしれないけど、あなたにはこんなものは要らないかもしれないけど、私の気持ちなの。必ず受け取って。今日は本当に助けてもらったわ。二十年以上生きてきて、今日ほど嬉しかったことはないわ」
今回だけでなく、次も、その次も、これからずっと川村染を押さえ込んでやるのだ。
「ありがとうございます、沙織姉」水野日幸は礼を言ってから、プレゼントを持って退出した。
包装袋の中身はバッグで、エルメスの限定品で、価格は二百万円前後だった。でも受け取っても問題ない、等価交換だからだ。
受け取らなければ、工藤沙織は不安がって、友人として見てくれていないと思うだろう。