第76章 大恩

「なるほど、一橋渓吾をスカウトしようとしているのね」大豆田秋白はいつものように三分の気だるさと狡猾さを漂わせながら、今回は少し揶揄するような口調で言った。「どうしたの？彼を芸能界に入れたいの？」

「私を尾行していたのね！」水野日幸の目に一瞬殺気が走った。

ここまで来る間、誰かに尾行されているなんて全く気付かなかったなんて！

大豆田秋白という男は侮れない。表面上見せているような気の抜けた態度とは全然違う。

「なぜ彼をスカウトして、私じゃないの？」大豆田秋白は自惚れ屋らしく自分の顎を撫でながら、狐のような目を細めて言った。「私の方が劣っているとでも？」

「二本足で歩いているからって、みんな人間だと思ってるの？」水野日幸は冷ややかに嘲笑った。心の中で『あなたが彼より劣っているんじゃなくて、もっと厄介なのよ！』と思った。

彼は曽我時助の親友だ。彼をスカウトすることは、会社に時限爆弾を仕掛けるようなものだ。

大豆田秋白は一瞬固まり、しばらくして端正な顔が強張り、ついに抑えきれずに叫んだ。「水野日幸、君は私のことを人間じゃないって言ったな！」

水野日幸は冷笑を浮かべた。なるほど、そう馬鹿じゃないようね、やっと気付いたわね。

大豆田秋白はその場に立ち尽くし、追いかけることもせず、痩せて背の高い、孤高で冷たい彼女の後ろ姿を見つめながら、興味深そうに口角を上げた。

この娘は面白い、そして挑戦しがいがある。

彼はこれまで、自分への好意を完全に無視し、どんな手も通用しない女の子に出会ったことがなかった。

水野日幸は土曜日の午後、フルーツバスケットと健康食品を買って、病院で一橋渓吾の祖母を見舞った。

手術は水曜日に行われ、とても成功し、お年寄りの術後の回復は非常に良好だった。

帰り際、一橋御祖母は涙ぐみながら彼女の手を握り、名残惜しそうに言った。「日幸ちゃん、ありがとうね。あなたは私たち家族の恩人よ。おばあちゃんは本当にどうお礼を言えばいいのか分からないわ」

渓吾から全部聞いていた。手術費用はこの娘が出してくれて、さらに良い仕事も紹介してくれたと。

彼らは恩を忘れる人間ではない。この大きな恩は一生忘れられない、牛馬となっても恩返しをしなければならない。