第369章 知らない

藤田清義は冷たい声で言った。「知らない」

水野日幸は喉に血を詰まらせそうになった。……

よくも知らないなんて!

ほら見ろ、これこそ恩知らずで、都合が悪くなると手のひらを返すってやつだ!

この前天星であんな化け物みたいな姿になっていた時でも一目で分かったくせに、マスクをしただけで分からないだなんて!

藤田清義が美人と話している間に、もう前の方まで来ていた。

美女はアルバムを受け取った後、藤田清義を蹴って、目配せをした。気に入ったなら連絡先を聞けばいいのに!

「行くぞ」藤田清義は言い終わると、すぐに立ち去った。

美女は水野日幸を見て、優しく微笑みながら柔らかい声で言った。「すみません、連絡先を教えていただけませんか?」

水野日幸は「申し訳ありません」と答えた。

美女は彼女の笑みを湛えた目を見つめた。目の奥には冷たさがあり、感情は見られなかったが、どこか不思議な親近感を覚えた。しばらくして我に返り「大丈夫です、お忙しいところすみません、ご苦労様です」

水野日幸は美女お姉さんが藤田清義に追いついて、アルバムで殴ろうとしたものの、アルバムが惜しくて最後は後頭部を思い切り叩く様子を見ていた。

彼女は呆然と見つめた。……

さっきの美女お姉さんが、藤田清義を叩いた。

藤田清義だよ!

生き閻魔の藤田清義を叩くなんて!

「日幸、何見てるの?」石田文乃も彼女の視線の先を追って、目を輝かせながら黒い服の男を指差した。「あれ、藤田家のお兄さんでしょう!」

水野日幸は彼女の才能に感心した。こんなに離れていて、あんな格好をしていて、後ろ姿なのに分かるなんて、目が良すぎる。うんと答えて、視線を逸らし、真面目にアルバムを配り続けた。

石田文乃は興奮した悲鳴を上げ、彼女の腕を引っ張った。「日幸、見て見て!あのお姉さん、彼の彼女でしょう!」

水野日幸が振り向くと、藤田清義が高貴な身体を屈め、美女お姉さんが彼の背中に飛び乗り、首に腕を回している場面に出くわした。

彼女は感慨深げだった。藤田清義のような冷たくて傲慢な人には、友達もいないし、好きになる人もいないと思っていたのに、まさか彼女がいて、しかも仲が良いなんて。

石田文乃は彼女の腕を抱きしめ、羨ましそうに泣きそうな声で言った。「藤田家のお兄さん、彼女のことをすごく大切にしてるんですね」