第49章 初めて出会った時を思い出して(5)

鈴木和香は少し疲れた様子で首を振った。「もういいわ。私がこの女二号を演じることになったのは、みんなの納得がいかないことだったし、あの夜の食事会で来栖季雄が私は実力で役を勝ち取ったと言ったせいで、より多くの人が私に注目するようになったわ。今日は私の初めての撮影シーンだから、きっとたくさんの人が見に来るはず。この時点で病気を理由に撮影を延期したら、みんなどう思うかわからないし、逃げ出したと思われかねない。それに、私は新人だから、わがままを言える立場じゃないし、最後には撮影の進行を遅らせたと、スタッフ全員から嫌われてしまうかもしれない。」

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撮影現場に向かう前、鈴木和香は温かい水を一杯飲み、少し楽になった気がしたが、撮影所のメイクルームに着いて座ると、また頭が痛くなってきた。

鈴木和香は気力を振り絞って、メイク台の前にきちんと座り、メイクさんに化粧を始めてもらった。

最初のうちは我慢できていたが、メイクが半分ほど終わった頃には、鈴木和香は完全にぼんやりとした状態になっていた。

来栖季雄がメイクルームに来たのは、鈴木和香がヘアセットをしている最中だった。

今日は撮影する人が多く、メイクルームの席はほとんど埋まっていた。来栖季雄は入り口で一周見渡してから、鈴木和香の後ろの席に向かって歩いていった。

鈴木和香は風邪のせいで注意力が散漫になっており、来栖季雄が自分の後ろに座ったことにまったく気付いていなかった。メイクさんに顔を上げて鏡を見るように言われた時になって初めて、鏡越しに後ろにいる来栖季雄の姿に気付いた。男はくつろいだ様子で椅子に座り、淡々とした目つきで鏡を見つめていた。鈴木和香が顔を上げた時、彼の目が少し動き、二枚の鏡の反射を通して、鈴木和香の目と合った。

鈴木和香は来栖季雄の視線に触れた瞬間、昨夜彼が自分にしたことが脳裏に浮かび、思わず体が震えた。唇をきつく結んで、すぐに目を伏せた。

その後のメイクの間、鈴木和香は全身を緊張させたまま、一切動かなかった。

メイクさんが全て終わって離れると、鈴木和香は急いで立ち上がり、撮影場所へ向かおうとした。

立ち上がりが急だったのか、それとも風邪のせいか、立ち上がった途端に足がふらつき、椅子に座り直してしまった。