「来栖社長、ご注意いただきたいことがございますが……」
「何だ?」来栖季雄は無関心そうに応じながら、朝に秘書に頼んでおいた昨日の会議での女性の口説き方についての議事録を手に取り、目を通し始めた。
秘書は慎重に切り出した。「来栖社長、ご注意申し上げる前に、一つ個人的な質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
来栖季雄は目を上げることもなく「いいだろう」と言った。
「昨日の会議で、社長が口説きたいとおっしゃった女性は、鈴木様のことでしょうか?」
「彼女以外に誰がいると思うんだ?」来栖季雄はようやく目を上げて秘書を一瞥した。その眼差しには警告が込められており、まるで彼の誠実さを侮辱するなと言わんばかりだった。
秘書はその眼差しに怯え、慌てて首を振った。「いいえ、他の方なんていません」
来栖季雄に追及されることを恐れた秘書は、急いで本題に入った。「社長、お忘れかもしれませんが、以前鈴木様が流産されたとき、社長は彼女に隠していらっしゃいましたよね?それに彼女は椎名家とも親しい関係にあり、椎名一聡様と赤嶺様は彼女を幼い頃から見守ってこられました。もし彼女が社長の椎名家への対応を知ったら……最悪の場合、関係が破綻してしまうのではないでしょうか?」
来栖季雄は鈴木和香の流産の話を聞いた途端、映画『神剣』の撮影事故の際に、鈴木和香が既に中絶の事実を知っていたことを思い出し、表情が一気に曇った。秘書は足が震え、来栖季雄が「関係が破綻する」という自分の言葉に怒りを覚えて責任を追及しようとしているのだと思い、慌てて言い直した。「社長、鈴木様は必ず社長を信じてくださると思います。絶対に信じてくださいます。決して関係が破綻することなどありません!」
来栖季雄は、秘書が逆らうような意見を言った後で即座に自分の発言を撤回する犬のような態度にすっかり慣れているようで、ただ独り言のように言った。「彼女は既に子供のことを知っている」
「えっ?あっ?鈴木様がご存知なんですか?」秘書は目が飛び出しそうになり、信じられない様子で来栖季雄を見つめた。「どうやってお知りになったんですか?」
秘書は鈴木和香の流産の件は病院の医師と自分以外知らないはずだと思い、急いで弁明した。「社長、誓って申し上げますが、私が鈴木様にお話ししたわけではありません!」