このレストランは最も賑やかな場所にあり、通常の食事時間帯は人が多いため、ウェイターの手間を省くために、メニューは一枚の紙に印刷され、自分でペンを持って選んでフロントに持っていくだけでよかった。
来栖季雄は鈴木和香がただメニューを見つめて下を向いているだけで反応がないのを見て、眉間にしわを寄せ、横からペンを一本取り出して彼女の前に投げた。
鈴木和香は驚いて顔を上げ、黒い大きな瞳で、少し無邪気な、潤んだ目で来栖季雄を見つめた。
来栖季雄の表情にはあまり変化がなかったが、話す口調は、本人も気付かないうちに、少し優しくなっていた。「食べたいものを、選んでください。」
「はい。」鈴木和香は返事をして、ペンを拾い、再びメニューを研究し始めた。おそらく学生時代からの長年の癖で、彼女自身も気付かないうちに、習慣的にペンを噛んでいた。時々、食べたい料理を見つけると、ペンを下ろして紙に印をつけていた。
来栖季雄はその光景を見つめ、目が遠くを見るような表情になった。記憶は一瞬にして、体育の授業を終えてサッカーボールを抱えて教室に戻った時のことへと戻った。わざと彼女のクラスの前を通った時、彼女たちのクラスは定期テストの最中で、彼女は一番奥の角の席に座っていた。しかし、彼は一目で彼女を見つけた。当時彼女は3組にいて、問題が解けないのか、今のように、ペンを噛みながら、眉をひそめた表情で、なかなか解答用紙に印をつけられないでいた。
退屈な光景だったはずなのに、彼は10分近くもじっと見つめていた。汗を流した椎名佳樹が走ってきて、彼の肩に手を置き、何をぼんやりしているのかと尋ねるまで、視線を外すことはなかった。
ある人々や出来事は、意図的に忘れようとし、この4ヶ月の間、彼の頭の中にはほとんど彼女に関する記憶が浮かんでこなかった。彼は完全に忘れたと思っていたのに、彼女の何気ない一つの仕草で、心の奥深くに押し込めていた記憶が全て呼び覚まされ、抑えようとしても抑えられなくなってしまった。
来栖季雄は夕食を食べ終わり、鈴木和香は一人ではそれほど食べられないので、長い時間選んだ末、たった一品だけ選び、鉛筆をメニューの上に置いて、来栖季雄の前に押し出した。