よく考えてみれば、彼は松本雫と仲直りしてから、林千恵子のことをまったく気にかけていなかった。昨日彼女が会社に彼を訪ねてきたとき、前日の夜は仕事で大半を費やし、午前中もずっと会議をしていて、疲れて目を開けていられないほどだった。ところが林千恵子が突然ベッドに飛び込んできて、彼の上に乗り、いつ結婚式を挙げるのかと尋ねてきたのだ。
その言葉を聞いた瞬間、彼は何故か頭の中に松本雫の姿が浮かんできた。彼はしばらく躊躇した後、やっと林千恵子に適当に「卒業してからにしよう」と答えた。
その後も林千恵子は結婚式のことについてしきりに話し続け、聞けば聞くほど彼の心は何故か重くなっていった。最後には彼女を突き飛ばし、ベッドから降りて洗面所に入ってしまった。
おそらく昨日のあの時から、彼の心は揺らぎ始めていた。
結婚は本当にビジネスの世界での重要な切り札なのだろうか?
しかし、彼の母と父の結婚も結局は悲劇に終わったではないか。
一方、来栖季雄と鈴木和香はどうだろう?彼らは争うことなく、毎日楽しく過ごしている。口喧嘩をしても、そこには幸せが流れている。
彼らだけでなく、部外者の彼から見ても、羨ましく思えるほどだ……
「椎名様?ここで何をされているんですか?」アシスタントがトイレのドアを開けると、そこに立っていた椎名佳樹を見て、驚いて尋ねた。
椎名佳樹は手の中のタバコを消すと、何も言わずに手を洗い、トイレを出た。試着室の入り口に着くと、女性更衣室のドアが開き、白いロングドレスを着た松本雫が、普段は背中に垂らしている長い髪を高く結い上げて出てきた。
椎名佳樹の足は急に止まり、鈴木和香と馬場萌子に囲まれて称賛されている松本雫に視線を固定した。
これはただのブライズメイドドレスだが、それでも彼の心の奥底まで震撼させるほど美しかった。
彼は思わず、松本雫が花嫁になったら、今よりどれほど美しいだろうかと想像し始めていた。
松本雫が花嫁に…新郎は誰になるのだろう?
椎名佳樹の心臓がドキッと鳴った。
7年前、正直なところ、彼自身も何故松本雫を助け、そして意地悪く彼女をこれほど長い間自分の側に置いておいたのか分からなかった。