彼女は思わず瞬きをして、もっとはっきりと見ようとしたが、再び見たときには、江口侑樹の背筋はピンと伸び、足取りは速く安定していた。先ほどの揺らぎは、彼女の錯覚に過ぎなかった。
そうよね、江口侑樹のような高慢な男が、そんな脆弱な姿を見せるはずがない。あの時、覆面の男に誘拐され、銃を向けられても平然としていたのだから。
でも、彼がこうして立ち去ってしまうなんて、確かに頭が混乱してしまう。
彼女は確かに江口侑樹の殺気を感じたのに……
彼女が考え込んでいるとき、耳元で佐藤先生の穏やかな声が聞こえた。「円香さん、あの男性をご存知なんですか?」
園田円香の意識は瞬時に現実に引き戻された。彼女は佐藤先生の方を向き、思わず「私の夫です」と言いかけた。
しかし言葉が口まで出かかったところで、急に思い出した。確かに江口侑樹は法律上彼女の夫だが……当時、江口侑樹は別の身分で彼女と結婚したのだ。江口侑樹という名前と園田円香が何の関係も持たないようにするため、彼女が妻という立場を利用して何かを得ることがないようにするためだった。
園田円香は唇の端を引き攣らせ、言葉を変えて「知りません」と答えた。
彼女の声は大きくなかったが、それでも極めて明確に江口侑樹の耳に届いた。彼の足取りはほんの半秒、ほとんど気付かないほど止まり、その後、さらに速く歩き出した。
彼はエレベーターに入り、瞳の奥に怒りを滲ませながら、強く拳でエレベーターの壁を殴りつけた!
…
佐藤先生は園田円香の表情を見下ろした。昨夜彼女があの電話を受けたときと全く同じ表情だった。
もし彼の推測が間違っていなければ、先ほどの美しくも危険な男性は、彼女が言っていた「うるさい人」に違いない。
他人のプライベートを詮索することは非常に失礼なことだ。佐藤先生は自分の好奇心を抑え、話題を変えた。「では、弟さんを見に行きましょうか。」
「はい。」園田円香は思わずほっとした笑みを浮かべた。
佐藤先生との付き合いは気楽だった。それは彼が分別のある人で、他人のプライバシーを尊重し、不快な思いをさせない人だからだ。
山田真澄はまだ意識不明の状態だったため、佐藤先生は彼を診察し、園田円香に注意事項を伝えた後、立ち去ろうとした。