第687章 今後、若奥様などいなかったことに

夏川清美の病室は結城陽祐と同じ階ではなかった。

傷口を縫い終えたばかりの結城陽祐は、ゆっくりと歩いていた。10分の道のりを20分以上かけて歩き、額には薄い汗が浮かんでいた。

健二は後ろから見ていて胸が締め付けられ、すぐにでもベッドに連れ戻したい気持ちだった。

夏川清美の病室に着くと、結城陽祐はドアのガラス越しに中を覗き込んだ。彼女はまだ目覚めておらず、藤原悠真が傍らでリンゴの皮を剥いていた。夕暮れの光が病室に差し込み、ベッドの上の人に金色の輝きを与えていた。

窓は半分開いており、窓台に置かれた白いデイジーの花束が微風に揺れていた。外に立っていた結城陽祐は、そこに穏やかな時の流れを感じた。

しかし、佐藤清美のベッドサイドに座っているのが自分ではないことが残念だった。

「二少様、中に入ってご覧になりませんか」健二は、傷を負ったまま長い時間歩いてきた二少様が入室しないのを見て、小声で促した。