第197章 お兄さん、今見てたの?

柴田の父は灰原優歌が去っていく姿を見つめ、口を開きかけたが、喉から声が出なかった。

両手を無力に握りしめた。

そのとき。

灰原優歌は人混みを抜け、数歩も歩かないうちに、突然立ち止まった。

緑の木陰の下に立つ男は、何気なくタバコを咥え、それだけでも雰囲気のある姿だった。

しかし次の瞬間。

男の視線が、彼女に逃げることなく注がれ、指の関節がはっきりとした手でタバコを下ろし、唇の端が軽薄に上がった。

冷たく淡い欲望を秘めた瞳が、今や彼女を見つめていた。

まるで憑かれたように。

灰原優歌は彼の方へ歩み寄り、思わず彼の喉仏にあるほくろに目が留まった。

なぜか触れてみたい衝動に駆られた。

その考えが頭の中を巡り終わる前に、優歌は自分の手がすでに宙に伸びていることに気づいた。

すぐに、灰原優歌は我に返り、手を引っ込めた。