柴田の父は灰原優歌が去っていく姿を見つめ、口を開きかけたが、喉から声が出なかった。
両手を無力に握りしめた。
そのとき。
灰原優歌は人混みを抜け、数歩も歩かないうちに、突然立ち止まった。
緑の木陰の下に立つ男は、何気なくタバコを咥え、それだけでも雰囲気のある姿だった。
しかし次の瞬間。
男の視線が、彼女に逃げることなく注がれ、指の関節がはっきりとした手でタバコを下ろし、唇の端が軽薄に上がった。
冷たく淡い欲望を秘めた瞳が、今や彼女を見つめていた。
まるで憑かれたように。
灰原優歌は彼の方へ歩み寄り、思わず彼の喉仏にあるほくろに目が留まった。
なぜか触れてみたい衝動に駆られた。
その考えが頭の中を巡り終わる前に、優歌は自分の手がすでに宙に伸びていることに気づいた。
すぐに、灰原優歌は我に返り、手を引っ込めた。