第236章 お兄さんと呼んでくれたら返すよ

「髪の毛が濡れているのはどうして?」

灰原優歌は久保時渡が黙っているのを見て、また彼と視線を合わせた。

男の目つきも変わっていた。

彼の瞳の底に宿る光は全て隠れ、妖しい暗闇のように、あからさまに人を誘っているようだった。

灰原優歌の視線は火傷したかのように素早く逸らされ、また尋ねた。「髪の毛が濡れているのはどうして?お酒を飲んだの?」

体からアルコールの匂いがした。

灰原優歌は思わず眉をひそめ、突然あることを思い出した。

前回、柴田家の本邸にいた時も、久保時渡は体からアルコールの匂いがして、様子がおかしかったような気がする。

お酒が飲めないのかしら?

「もしかして……」誰かと喧嘩でもしたの?

灰原優歌の綺麗な目尻が動いた。言葉が終わらないうちに、男が突然近づいてきた。