薄田京香がまだ目を逸らす間もないうちに、突然上階から見覚えのある人物が降りてきた。
灰原優歌。
彼女は思わず拳を握りしめ、目つきが変わった。
さっき灰原優歌は最上階から降りてきたの!?
このビルの最上階のVIPルームは2室しかない。そのうちの1室は久保時渡のために用意されたはずだ。
もう1室は、誰が予約したのかまだ分からない。
でも柴田家であるはずがない。
なのに灰原優歌がなぜ最上階の専用エレベーターから降りてきたの!?
そしてこの時。
灰原優歌は薄田京香の視線に気付かず、少し苛立った様子で電話をかけていた。
「まだ着かないの?」
「ちょっと待って、もう少しだから、急いでるから」電話の向こうの人も、一本の電話で飛んでこられたらいいのにと思っているようだった。
彼はようやくドレイニーの方から、灰原優歌が今日はティッキーに授業をせず、オークションに参加していることを知った。
もちろん灰原優歌に会いたかった。
「5分よ」
灰原優歌は時間制限を告げると、さっさと電話を切った。
電話の向こうのヴィックは「……」
何も気付いていない秘書は、眼鏡を直しながらヴィックに言った。「社長、主神図の何チームと、雲城の提携先が何社か、お会いしたいそうです」
「邪魔しないでって言って!」
ヴィックは言い終わると、運転手の方に近寄って、ヒステリックに叫んだ。「これは一体どういう状況なんだ??車を動かせないのか、少しも動かせないのか??!」
この道路はもうどれくらい渋滞しているんだ??
なぜこんなに混んでいるんだ??
運転手は「社長、この高速道路は、少なくともあと15分は渋滞が続くでしょう」
ヴィックは「……」
じゃあ俺が夜遅くに出てきたのは、何のためだったんだ?
ヴィックは完全に参ってしまい、レザーソファーに崩れ落ちた。
秘書は恐る恐る「オークションには、行かれますか?」
「行く」ヴィックは力なく答えた。
どうあれ、オークションが終わった後でも、入り口でY.G.を待ち伏せできればいいんだ。
秘書は自分の社長が誰に会いたがっているのか、こんなに焦っているのか分からなかった。
「では……彼らが会いたいと言った場合、オークション会場に来てもらいましょうか?」
「好きにして」
ヴィックは目を閉じ、投げやりな様子だった。
……