第29章 彼の陰鬱な眼差し

結婚して一年、彼女はここで家庭の温もりを感じたことがなかった。

この場所は、最初から彼女の家になるはずがなかったのだ。

幸い、まだ引き返すことができる……

明日には新しい人生を手に入れられると思うと、海野桜は期待に胸を膨らませ、重荷から解放されたような気分になった。

思わずベッドの上でくつろぎながら、これからの人生をどう過ごそうかと考えていた。

以前は勉強が嫌いで、頭の中は東山裕のことばかりだったから、結婚後は学校を辞めてしまった。

でも人生をやり直せるなら、もうこんな風に無駄にはできない。

勉強しようと思うけど、何を学べばいいのだろう?

海野桜は悩んでいた。本当に何を学べばいいのか分からなかった。

まあいい、まずは離婚してから考えよう。将来のことは後で考えればいい。

……

その夜、東山裕は帰ってこなかった。

翌朝早く、海野桜は荷物を階下に運ばせ、まず荷物を運び出そうとした。

どうせ今日離婚するのだから、早めに準備を済ませておいた方がいい。

海野桜の荷物はそれほど多くなかったが、大きなスーツケースが何個もあった。

東山裕がリビングに入ると、脇に置かれた数個のスーツケースが目に入った。

彼は眉をひそめ、「これは何だ?」

リビングには使用人が一人だけいて、恭しく答えた。「若旦那様、これは全て若奥様のお荷物です。」

東山裕はすぐに全てを理解した。海野桜は既に急いで荷物をまとめて出て行こうとしているのだ。

なぜか、彼の脳裏に海野桜が以前言った言葉が浮かんだ。

【東山兄、私は本当にあなたが好きなの。この人生であなただけを愛します!私を奥さんにしてください。本当にずっとあなたと一緒にいたいの!】

ふん、なんて皮肉だ。

小娘は所詮小娘だ。愛なんて分かっていない。あれは単なる我儘な独占欲だ。

結婚してどれだけ経ったというのに、もう飽きて、興味を失ったというわけか。

つまり海野桜は彼を愛していなかった。ただ手に入らないから執着していただけだ。

今や願い通り結婚したものの、彼の妻になることもたいしたことないと気付いたのだろう。

くそっ!

我儘に結婚を望んで、彼を計略にかけて目的を達成した。

結婚してみたら、少女の夢が砕け散り、今度は我儘に離婚したがる!

彼女は東山裕を何だと思っているんだ。おもちゃか?!