坂本加奈と黒川詩織は同時に振り返り、淡いピンク色のワンピースを着た女性がゆっくりと入ってくるのを見た。栗色の巻き髪が前に無造作に垂れ、セクシーなラインを描いていた……
彼女の視線は坂本加奈が気に入ったシャツのマネキンに向けられ、周りを気にせずに言った。「このシャツ、私が買います」
「このシャツは私たちが先に見つけたんです。先に来た順番も関係ないんですか?」黒川詩織は彼女を一目見て何となく反感を覚え、好きになれなかった。
女性は何も言わず、店員の方を見た。
店員は困った表情を浮かべ、「こちらのお嬢様が先にご覧になっていて、しかもこれが最後の一着なんです」
女性は黙ったまま、バッグからゴールドカードを取り出して差し出した。「これで私に売ってくれるかしら?」
店員の表情が一変し、笑顔で恭しく言った。「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
「えっ?」黒川詩織は驚き、不機嫌そうに言った。「私たちが先に見つけたのに、どうして彼女に売るんですか?」
店員は申し訳なさそうな表情で、「申し訳ございません。このお客様は弊社のVIPで、全商品に対して優先購入権をお持ちなんです」
黒川詩織は白目を剥きそうになった。なんてバカげたルールだ!
店員は気まずそうに笑いながら、すぐにマネキンからシャツを外して会計に向かった。
女性は坂本加奈と黒川詩織を見て、優しい声で謝意のない言葉を投げかけた。「お嬢さん、次はお金を貯めてから来るといいわ。それに、男性は皆物質的なもので動くわけじゃないのよ」
親切そうに見えて、実は嘲笑に満ちた言葉だった。
言い終わると、レジに向かって歩き出した。
「あなた―」黒川詩織は怒り心頭で、言い争おうとした。
坂本加奈は彼女を引き止めた。「もういいわ。争わないで。ただの服よ」
確かにあのシャツは素敵だったけど、黒川浩二の体型と容姿なら、麻袋を着ても仙人のように見えるはず。
「あの人、むかつく」黒川詩織も一着の服を争うつもりはなかったが、意地の問題だった。「今日は兄さんのカードを持ってこなかったけど、持ってきてたら、あんな態度取れなかったはずよ!お嬢さんだって?誰がお嬢さんよ!!」