「これは輸入したコーヒー豆で、会社全体でもうちの休憩室にしかないのよ」と内田須美子が答えた。
坂本加奈は「技術部にもないの?」と尋ねた。
内田須美子は首を振って、「だから坂本部長がよく上がってきてコーヒーを飲みに来るの。毎回飲んだ後で黒川社長のケチさを文句言うのよ、資本家だって!」
結果として、毎回黒川社長のコーヒー消費量は他の休憩室の2倍になっていた。
「じゃあ、もう一杯入れて。お兄ちゃんに持って行きたいの!」この数日、お兄ちゃんはおばあちゃんの葬儀で疲れているはず。人のふんどしで相撲を取るようだけど、きっと喜んでくれるはず。
おそらく浩二が世界一だと言ったことで、お兄ちゃんに申し訳ない気持ちになったのだろう。
浩二はとても素晴らしいけど、お兄ちゃんも同じくらい素晴らしい。二人の間に優劣をつけることはできない。
正室様の命令に、内田須美子は逆らえるはずもなく、コーヒーを2杯入れた。
坂本加奈はまず黒川浩二にコーヒーを1杯届け、それから言い訳をして抜け出し、もう1杯を持って下の技術部へ向かった。
黒川浩二専用のエレベーターは使わず、結果として各階で人が乗り込んでくるたびに「黒川奥様、こんにちは」と挨拶された。
坂本加奈は口元に笑みを浮かべ、頷いた……
やっとの思いで技術部のフロアに着き、エレベーターを出たところで誰かとぶつかりそうになった。
「餅口先輩」坂本加奈は驚いた。まさか彼に会うとは。黒川氏は広いし、部署も多いのに。
森口花は書類を抱えながらも、片手を空けて彼女の手首を掴み、彼女が安定するのを待ってから手を放し、淡々とした声で「黒川奥様」と呼んだ。
「先輩、そんな風に呼ばないでください」坂本加奈は彼にそう呼ばれることに違和感を覚えた。
森口花は彼女を支えようとして落とした書類を拾い上げながら、淡々とした声で言った。「ここは会社です。会社の規則に従わなければなりません」
坂本加奈は黒川浩二の新入社員研修プログラムを思い出し、また胸が痛くなった。
「仕事に戻ります、黒川奥様」森口花は彼女と話を続ける意思はないようで、書類を抱えたままエレベーターに乗り込んだ。
坂本加奈は振り返って彼を見た。自分の感覚が敏感すぎるのかもしれないが、エレベーター内の人々の彼に対する態度が……
意図的に距離を置いているように感じた。