安藤美緒は黙り込み、目を伏せて何も言わなかった。
「黒川のじいさんと中谷仁は全く違うタイプだ。一人は骨の髄まで冷たい人間で、もう一人は偽善者だ。お前の趣味はそんなに極端なのか?」坂本真理子は嘲笑った。
その二人のろくでもない男を笑っているのか、それとも彼女を笑っているのか分からなかった。
安藤美緒の長いまつげが微かに震え、しばらくして、ゆっくりと口を開いた。
「中谷仁が亡くなった時、私はちょうど陸人を妊娠していました。当時の私の状況はとても悪く、中谷家の人々は私の存在を認めず、陸人も認めようとしませんでした。そんな時、黒川浩二が私の崩壊した世界を支えてくれたんです。」
黒川浩二のことを好きというより、むしろ彼を救命具として、しっかりと握りしめていたのだ。
特に出産後、彼女は深刻な産後うつを患い、毎日涙に暮れていた。最も深刻な時には、陸人を抱いて窓際に立ち、飛び降りようとしたこともあった。
黒川浩二が時機を得て現れ、彼女を崖っぷちから引き戻してくれた。おそらくそれらの経験が感情移入を引き起こし、中谷仁への感情を黒川浩二へと移したのだろう。
しかし、彼は結局中谷仁ではなかった。中谷仁は優しく彼女を慰め、笑顔にし、細やかな気配りで面倒を見てくれた。黒川浩二は単に彼女の世話をしただけ、それだけだった。
黒川浩二は彼女の感情の変化に気付くと、躊躇なく距離を置き、一片の幻想も残さなかった。
彼女もその混沌とした感情から抜け出し、自分が好きなのは黒川浩二という人物そのものではなく、ただ彼を中谷仁の代替品として、感情の寄り所としていただけだと理解した。
坂本真理子は蒼白い顔色に映える黒い瞳で、魅惑的な鳳眼で彼女をじっと見つめ、薄い唇を軽く結んで、「彼が君の面倒を見たのは贖罪のためだ。私は違う。」
安藤美緒は目を上げて彼を見つめ、その眼差しは死んだ水のように静かだった。「あなたのどこが違うというの?」
黒川浩二は贖罪のため、彼は坂本加奈のため、二人とも同じ!
本心なんてない。
「僕は君が好きだよ!」坂本真理子は薄い唇で不敵な笑みを浮かべた。「僕は今まで君のような女性を好きになったことがない。君は面白いと思う。だから、結婚しよう。」
安藤美緒は無言で顔をそむけ、冷たく三文字で答えた。「無理です。」
看護師が盆を持って来て、薬を塗ろうとした。