第348章:湖に落ちた人

黒川詩織の表情が微かに変化し、瞳の奥に一瞬の迷いが浮かんだが、唇を引き締めて何も言わなかった。

「あなたは私の娘の心臓を入れられた器に過ぎないのに、本当に自分を黒川家のお嬢様だと思っているの?」白川櫻の表情は冷たく、極めて皮肉めいていた。「あなたは美月じゃない、永遠に美月にはなれない。その資格もないわ」

坂本加奈は驚いて彼女を見下ろした。「岩崎...」

黒川詩織は一瞬うつむいた後、顔を上げると普段の率直さと誠実さを取り戻した。

「そうよ、黒川美月の心臓が私に移植されたのは事実です。彼女の心臓のおかげで今日まで生きられた。でも、それがどうしたの!」

彼女は顔を上げ、幼い顔に落ち着いた表情を浮かべ、堂々と言った。「私は一度も黒川美月になろうとは思っていません。彼女は彼女、私は私。私は黒川詩織で、誰かの代わりなんかじゃありません!お兄さんも私を黒川美月として扱ったことなんてない。ただ、元の家で居場所がなかった私を哀れに思って、そばで育ててくれただけです!」

「違うわ」白川櫻は首を振り、感情的に反論した。「彼はあなたを美月の心臓の器としか見ていないのよ...」

「あなたは彼が小さい頃に他の男と逃げて彼を捨てたのに、本当に彼のことを分かっているの?」

黒川詩織は力強く問いかけた。

「私は何年もお兄さんと呼んできた。あなたより私の方が彼のことをよく知っています!私のお兄さんは素晴らしい人で、何の問題もありません!」

「その通り!」坂本加奈は断固として黒川詩織の言葉に同意し、白川櫻に向かって、そして現場の全員に向かって言った。

「私は彼の妻として、日々共に過ごしています。彼がどんな人なのか、母親失格のあなたより私の方がよく分かっています!」

「違う、あなたたちは何も知らない、何も分かっていない!」

白川櫻はヒステリックに叫んだ。「あなたたちには何も分からないのよ!」

そう言いながら、バッグから果物ナイフを取り出し、狂気じみた目つきで坂本加奈を見つめた。

周りの学生たちは彼女が手にナイフを握っているのを見て、恐怖で後ずさりした。

坂本加奈も驚愕した。白川櫻が学校に刃物を持ち込んで暴行を働くほど大胆だとは思わなかった。

「彼は私の娘を殺し、私の人生を台無しにした。今日は私も彼の全てを台無しにしてやる!!」