第365章:私は仏を信じない

「大丈夫よ、休暇になったら帰ってこられるし、会社に用事がなければパリに行って暫く一緒に住むこともできるわ」

ただ、長期滞在は現実的ではなかった。

坂本加奈は夢で見た光景が脳裏をよぎり、目を伏せたまま、躊躇いがちな表情で「でも——」

言葉が終わらないうちに、黒川浩二は突然彼女の唇にキスをした。

言葉は途切れた。

黒川浩二は唇を触れ合わせただけで、次の動きはなく、優しくも抑制的だった。

「行くか行かないか、選択権は君にある。どんな決定をしても私は尊重するよ」彼は後ろに下がり、彼女との距離を取り、目と目が合い、その眼差しは熱く優しく、まるで空で一番輝く星のようだった。

「ただ、よく考えてほしい。後で少しでも後悔してほしくない。今、私のために夢を諦めたことを後悔してほしくないんだ」

坂本加奈は首を振った。「そんなことない、私は…」

言葉が終わらないうちに、遠くの街灯の下に立つ西村雄一郎の姿が目に入った。端正な顔立ちには喜びが漂っていたが、陰鬱な瞳に一瞬の痛みが走った。

黒川浩二は彼女の視線の先を追って西村雄一郎を見つけ、眉をひそめ、眉間に冷たい空気が漂った。

「彼と二人で話してもいい?」坂本加奈は静かに黒川浩二の意見を尋ねた。

黒川浩二は一瞬黙り、立ち上がって西村雄一郎の方へ歩き、彼の傍を通り過ぎる時に足を止め、冷たい声で言った。「彼女は目覚めたばかりで、まだ体が弱っている」

画外音:用件があるなら早く言え!

西村雄一郎は一言も発せず、彼を見ることさえせず、長い脚でゆっくりと坂本加奈の方へ歩み寄った。

坂本加奈は笑顔で挨拶した。「雄一郎さん、久しぶり」

西村雄一郎は手に持っていた花を彼女の膝に置き、彼女の隣に座った。「いつ目覚めた?」

「今日」坂本加奈は答え、顔を下げると花の香りが漂ってきた。「きれいな花ね、ありがとう」

西村雄一郎は体を後ろに傾け、長い脚を前に伸ばした。「どういたしまして」

坂本加奈は横を向いて彼の凛とした横顔を見つめ、視線は彼の右手の掌にある明らかな傷跡へと落ちた。

あの日の出来事を、彼女はまだ覚えていた。危険極まりない状況だった。

西村雄一郎が現れた時、躊躇なく刃を掴んだ。彼がいなければ、今頃自分は本当にGGだったかもしれない。

「雄一郎さん、ありがとう」彼女はもう一度言った。