第394章：旦那様と呼んで

十数人のボディーガードが道を開き、それまでごった返していた乗客たちが後ろに下がって一本の道を作った。

男の凛とした長身が不意に視界に飛び込んできた。松のように背筋が伸び、風のように足早に歩き、端正な顔立ちには感情の色はなく、ただその深い瞳だけが愛情を込めて彼女を見つめていた。

「浩二……」呆然としていた坂本加奈は我に返り、矢のように駆け寄って、そのまま彼に飛びついた。

黒川浩二は自然な動きで、まるで息が合っているかのように彼女を受け止め、しっかりと支えた。

坂本加奈は彼の首にしがみつき、声には喜びが溢れていた。「浩二、どうしてここに？私が帰ってくるって、どうして分かったの？」

黒川浩二は彼女の質問に答えず、顔を傾けて彼女の頬にキスをし、低く情熱的な声で言った。「おかえり、私の奥様」

「うぅ……」坂本加奈は本来彼にサプライズを与えるつもりだったのに、逆に黒川浩二から驚かされ、興奮した気持ちを抑えきれず、目に涙が浮かんだ。

黒川浩二は彼女を見下ろし、黒い瞳が輝いていた。「なぜ泣くの？私に会えて嬉しくないの？」

「嬉しい」坂本加奈は鼻をすすりながら答え、両手で彼の首にしがみついたまま、少し詰まった声で言った。「きっと嬉しすぎて、涙が出てきちゃったの」

人は悲しい時だけでなく、嬉しい時にも感動して泣くことがあるのだと分かった。

「バカだな」黒川浩二は温かい大きな手で彼女の後頭部を優しく撫でた。

坂本加奈はコアラのように彼にしがみついたまま、「浩二、私はもう外の世界を見てきたわ。今帰ってきたの。もう二度と離れたくない」

以前は外の世界を見ることばかり考えていたけれど、実際に行ってみると、どんなに美しい景色でも、人生で最も大切な人がいなければ、それほどでもないことが分かった。

でももし全てをやり直せたとしても、彼女は同じ選択をするだろう。なぜなら、ある種の経験は自分で体験してみないと、その味わいが分からないから。

黒川浩二は薄い唇を彼女の耳元に寄せ、低く確かな声で言った。「私ももう二度と君を離さない」

坂本加奈は目の中の涙を押さえ、彼をきつく抱きしめ、彼の体から漂う馴染みの木の香りと、体温を貪るように吸い込んだ……

黒川浩二は周りの人々が小声で噂し、写真を撮り始めていることに気付き、低い声で尋ねた。「このまま私にしがみついているつもり？」