第548章:私を愛していない

「詩織……」階段から清らかな声が聞こえてきた。

黒川詩織は我に返り、顔を上げると坂本加奈が軽やかな足取りで降りてくるのが見えた。「ゆっくり降りて、赤ちゃんに影響があるわよ」

坂本加奈は照れくさそうな表情を浮かべた。「まだ妊娠したばかりだから、何も感じないわ」

黒川詩織は心から二人のことを喜んでいた。「お兄さんとあなたは、たくさんの苦労を乗り越えてきたわ。今、赤ちゃんができたんだから、気を付けないと。あなたが少しでも辛い思いをしたら、お兄さんは心配で死にそうになるわよ」

坂本加奈は彼女を押してリビングへ向かい、ソファに座らせた。「妊娠してから眠くなりやすくて。長く待たせちゃわなかった?」

黒川詩織は笑って首を振った。「ううん、私も今来たところよ。お茶もまだ飲み終わってないわ」

メイドは彼女が目を覚ましたのを見て、フレッシュジュースを持ってきて下がった。

坂本加奈はジュースを一口飲んで、明るい目で彼女をこっそり観察し、何か言いたげな様子だった。

黒川詩織は彼女が何を考えているか分かっているかのように、お茶を持ちながら自ら口を開いた。「私のことは心配しないで。大丈夫よ」

「あの女性は……」坂本加奈の澄んだ瞳に好奇心が浮かんだ。

「昔からの知り合いの娘さんで、体が弱いから特別に面倒を見ているって、彼が言ってたわ」黒川詩織は簡潔に答えた。それは森口花が言ったことであり、主観的な判断は加えていなかった。

今の彼女には、森口花の言葉が本当なのか嘘なのか、まだ分からなかったから!

坂本加奈は彼女の目に浮かぶ寂しさと暗さを見て、それ以上は聞かなかった。「浩二は最近会社に行くから、暇だったら月見荘に数日泊まって、私と一緒に過ごさない?」

「私は電球になりたくないわ。毎日あなたたちの甘い生活を見せられるなんて」黒川詩織は冗談めかした口調で断った。

加奈が自分のことを心配してくれているのは分かっていたが、お兄さんと加奈の邪魔をしたくなかった。

坂本加奈は彼女を無理強いせず、話題を変えて他のことを話し始めた。

夜になって、黒川浩二は会社の用事で遅くなり、夕食に帰れなかった。黒川詩織は月見荘で夕食を済ませると、帰ろうとした。