第592章:最期の言葉

森口花はしばらくしてから二文字だけ言った。「いらない」

——

食事の後、海野和弘は黒川詩織を近所を散歩に誘った。

黒川詩織は彼と肩を並べて人混みの中を歩いていた。道端には商品を売る露天商が多く、カップルも数組いた。

ある女の子が光るウサギ型の風船を持っていた。

黒川詩織はそれが可愛いと思い、つい見とれてしまった。

海野和弘はそれに気づき、立ち止まって言った。「ここで待っていて」

黒川詩織が振り返ると、彼が風船を売る屋台に向かっていくのが見えた。

すぐに海野和弘はウサギの風船を持って戻ってきた。「はい、どうぞ」

黒川詩織は受け取り、光るウサギを見上げて「ありがとう」と言った。

「ウサギが好きなの?」海野和弘は買い物袋を持って歩き出した。

「まあまあ。昔、他の人が持っているのを見て、欲しいなと思っていた」

でも、あの頃の森口花は貧しく、実用的ではないロマンチックなものを買わせるのが申し訳なかった。

その後、森口花は裕福になり、たくさんの高価な贈り物をくれたが、彼女が欲しがっていたウサギは一度も贈ってくれなかった。

「好きなら、これからのデートの度に一つずつプレゼントするよ」

「いいえ」黒川詩織は風船をしっかりと握りしめた。「これ一つで十分です」

物事は、多ければ多いほど良いというわけではない。

深夜。

黒川詩織は身支度を整えてベッドに横たわり、上を見上げると海野和弘がくれたウサギが見えた。電源は切っておらず、消灯後も一人で光っていた。

ずっと欲しかったウサギを手に入れたのに、想像していたほど嬉しくなかった。

それは、ウサギをくれた人が昔の彼ではないからかもしれない。あるいは……

もう記憶の中のあのウサギをそれほど好きではなくなっていたのかもしれない。

………

清風堂医院。

海野和弘がドアを開けようとした時、ドアに映る影に気づいて急に振り返った。

目の前の顔は、ぼんやりとしていて見慣れない顔だった。

「彼女から離れろ」森口花は薄い唇を開き、指先のタバコの吸い殻から灰が落ちる中、上位者の威厳を帯びた冷たい口調で言った。「愚かなことはするな」

海野和弘は眉をひそめ、気づいた。「森口花」

森口花は彼の顔を見つめ、冷たい声で言った。「これが最初で最後の警告だ」

言い終わると、背を向けて去っていった。