沢井恭子は携帯の振動を感じた。
取り出して見ると、山村治郎からだった。
すぐには出ず、撮影現場の様子を見た。
景山誠は玉座に座り、乱れた髪が少し狂気じみた印象を与えていた。五十嵐津由子をじっと見つめる瞳は漆黒で、感情を読み取ることができなかった。
監督の「スタート!」の声とともに、五十嵐津由子が一歩前に出て詔勅を手に取り、その内容を見て怒りを爆発させ、手近な硯を掴んだ。
五十嵐津由子の目に暗い光が宿り、景山誠めがけて投げつけた。
「バン!」
硯は景山誠の額に当たった。
景山誠は最初から最後まで、まばたきひとつせず、脚本の展開を知っていることへの恐れを克服し、完全に予想外の出来事のような表情を見せた。
非常にプロフェッショナルだった。
小島監督の彼への好感度が更に上がった。
「カット!素晴らしい!」小島監督が叫んだ。
現場のスタッフ全員がほっと胸をなでおろした。
佐藤和利がついに我慢できずに言った。「おじいちゃん、痛くない?」
沢井千惠も良い顔はしていなかったが、その言葉を聞いて説明した。「あれは小道具よ。プラスチック製だから痛くないわ。」
ただ、少し屈辱的ではあったが。
しかし、許容範囲内だった。
結局は撮影なのだから、先ほどヒロインが景山誠の前で跪いていたのだから。
一発OKで、沢井千惠と沢井恭子は安堵のため息をついた。
沢井恭子は電話に出た。向こうから山村治郎の声が聞こえた。「橘様、大輝さんが何であなたに怒っているのかわかりますか?今、藤原夏美から真相を聞きました。」
沢井恭子は撮影現場の様子を見ながら、何気なく尋ねた。「なぜ?」
山村治郎は直接言った。「彼女が言うには、あなたが開発した毒で、大輝さんが昔最も愛していた女性を殺したそうです。」
沢井恭子はその言葉を聞いて、瞳孔が急激に縮んだ。
半開きだった涼しげな瞳が一瞬で見開かれ、信じられない様子でありながらも、何かを悟ったような表情を浮かべた。
そういうことだったのか。
だから佐藤大輝は5号神経毒素が彼女の製造したものかを確認した後、突然態度を変えたのか、そういうことだったのか。
彼女は顎を引き締め、自分でも気づかないほど掠れた声で言った。「彼が好きだった人って、誰?」
「……藤原夏美は言いませんでした。」