絵里菜は追いかけず、古谷始の後ろ姿が夜の闇に消えていくのを見つめていた。
手の中の車のキーを握りしめながら、馬場絵里菜の心は複雑な思いで一杯だった。彼女が古谷始に親しみを感じたのは、馬場輝に感じたのと同じ感覚を古谷始に見出したからだった。
しかし、このプレゼントは、絵里菜を初めて戸惑わせることになった。
「絵里菜、どうしよう?」馬場輝はさらに困惑していた。古谷始が高級スポーツカーを置いていって、そのまま行ってしまったなんて?
足立区の道は元々狭く、この車を家の前に停めると道の半分近くを塞いでしまう。
「中庭に入れましょう。」
絵里菜は思考から戻り、落ち着いた声で言った。
ポルシェ社の車は数十万円から数千万円までさまざまだが、この車は世界限定モデルで、その価値は少なくとも数百万円はする。このまま路上に停めておくのは危険すぎる。明朝には必ず人だかりができてしまうだろう。
馬場輝は自動車学校で少し学んでいて、基本操作はできたが、この外国製の車は教習車とは全く違う。特に馬場輝はスポーツカーに触れたことすらなかった。
「気をつけてね。」絵里菜は注意を促した。
馬場輝は運転席に座って頷いたが、心の中では緊張を隠せなかった。
車のエンジンを始動すると、豊かで心地よいエンジン音が響き、馬場輝の心に何とも言えない興奮が湧き上がり、顔に笑みがこぼれた。「この車、すごくいいね。」
馬場輝はポルシェを知らなかったが、今車の中にいて、これが素晴らしい車だということは感じ取れた。
慎重にゆっくりとバックで中庭に入れた。幸い、家の中庭は十分な広さがあり、駐車スペースは十分にあった。
「ここに停めておく?」馬場輝は車から降りて、心配そうに言った。
家の中庭は柵で囲まれているだけで、外の道を通る人が目を上げれば中庭の車が見えてしまう。
「今はこうするしかないわ。」絵里菜は仕方なく言った。
ガレージもないし、中庭以外に駐車できる場所はなかった。
「新居の方に駐車場二台分ついてたよね?そっちに停めに行かない?」馬場輝が突然言い出した。昼間は二人とも家にいないし、この車を中庭に停めておくのは不安だった。