その瞳は、まるで人を溺れさせてしまいそうだった。
「私...一人で地下鉄で帰れますから、送って...いただかなくても」山本綾音は気まずそうに言った。
「私が送った方が便利だよ」温井朝岚は言った。
穏やかな態度ではあったが、その口調には微かに反論を許さない様子が感じられ、山本綾音は渋々同意するしかなかった。
高級車は山本綾音の家の玄関前まで直接乗り付けた。
山本綾音が車を降りると、ちょうど向かいの住人が子供の手を引いて団地から出てくるところだった。
両者は顔を合わせた。
「綾音ちゃん?」隣人は驚いた表情で山本綾音を見つめ、さらに彼女の隣に立つ温井朝岚を見て、「あら...お帰りなさい」
「はい」山本綾音は気まずそうに微笑んだ。
「この方は...」隣人は温井朝岚を見て、その目に驚嘆の色が浮かんだ。
温井朝岚は元々美しい容姿で、スーツ姿も様になっており、全身から言い表せないような気品が漂っていた。
「えっと...」山本綾音は一瞬、相手をどう紹介すればいいのか分からなくなった。
友達?でも彼らの関係は友達とも言えないだろう。
一夜の関係だった相手?
それとも...うーん、直接温井家の長男だと言うべきか?
山本綾音が迷っているところで、温井朝岚が口を開いた。「私は綾音の友人です」
「あら、お友達なのね。いいわね!綾音ちゃんはいい子よ!」隣人は山本綾音に意味ありげな笑みを向けた。
山本綾音は心の中で、隣人の想像とは違うのだと叫びたかった。
「さあ、中まで送るよ」温井朝岚はそう言いながら、自然に山本綾音の手を取った。
山本綾音が気付く前に、すでに相手に手を引かれて歩き出していた。
そして今、温井朝岚の足を引きずるような歩き方から、誰が見ても足に障害があることが分かった。
すると、先ほどまで隣人の目に浮かんでいた感嘆の色が、突然遺憾と同情の色に変わった。まるで完璧な芸術品に突然欠陥が見つかったかのように。
隣人の目つきの変化に、山本綾音は胸が詰まる思いがした。彼女は温井朝岚の手をしっかりと握り返し、団地の中へと歩き出した。
温井朝岚の表情が微かに動き、唇の端にかすかな笑みが浮かんだ。
山本綾音は歩きながら、意識的に自分の歩調を遅くしていた。彼が自分の歩みについていけないのではないかと心配だった。