浅野武樹は突然立ち上がったが、言葉が喉に詰まって出てこなかった。
自分のしたことは、そう簡単には償えないことを、彼は心の底から分かっていた。
小山千恵子は顔を横に向け、目を伏せて浅野武樹の方を見た。
「もういいわ。事ここに至っては、私たちにもう戻る道はないことは、お互いよく分かっているでしょう」
傷が癒えても必ず跡は残る。何もなかったかのように振る舞うことはできない。
小山千恵子は謝罪の言葉すら待つことができなかった。
彼女は振り返ることもなく重い革のドアを開け、足早に立ち去った。
必要なものは手に入れたのだから、この男も、この場所も、未練を持つべきではなかった。
女性の細い影がドアの向こうに消え、重いドアがバタンと閉まった。
その重い音は、まるで浅野武樹の心を打ち付けるかのようだった。