浅野武樹は目の前のノートを見つめ、表情が揺らいだ。
予想通り、このノートは既に小山千恵子に見つかっていたのだ。
彼女のこの焦りと怒りの様子から、内容も読んでいたに違いない。
浅野武樹は馴染みの革表紙に手を伸ばし、諦めたように笑った。
「すまない、騙すつもりはなかった。聞いたら辛くなると思って」
浅野武樹は顔を上げ、感情を抑えながらも波打つ小山千恵子の眼差しと向き合った。
「知りたいことは、全て話す。千恵子、もう何も隠さない」
男の、これまでにない従順さ、むしろ懇願するような態度に、小山千恵子は怒りを失くしてしまった。
浅野武樹は確かに以前とは違っていた。
もう無口ではなく、時には細かいことまで気にかけるようになっていた。
浅野武樹はソファの端に寄り、小山千恵子のためにスペースを空けた。
彼女が座ると、自然な動作で羊毛の毛布を小山千恵子の細い体にかけた。
これまで何度も繰り返してきたように。
「実は、夢遊病の症状が出てから、ここで療養しようと思い立ったんだ」
浅野武樹は低い声で、感情を抑えて話した。墨のような瞳で窓の外の雪を見つめながら、まるで他人の話をするかのように。
「あの時は眠れなくて、目を閉じると君が戻ってくるような気がした。後に体が持たなくなって、睡眠薬を飲んだが、頭は休むつもりはなかった」
小山千恵子は白い細い手を握りしめ、必死に感情を抑えていた。
浅野武樹は軽く話していたが、彼女には当時の彼の惨めな姿が想像できた。
「その後、ある冬の朝、目が覚めたら中腹別荘の裏庭にいた。どれだけ寝ていたのか分からないが、雪に埋もれそうになっていた」
小山千恵子は胸が締め付けられ、思わず口を開いた。「自分が病気だと分からなかったの?」
浅野武樹は苦笑いを浮かべた。「あの時は...君も知っているだろう。君の死を受け入れられなかったし、自分が病気である可能性も受け入れられなかった」
小山千恵子は黙り込んだ。彼女は浅野武樹をよく知っていた。これは彼らしい行動だった。
「制御不能な感覚が嫌いだったが、自分を止められなかった。ベッドに自分を縛り付けるしかなかった。傷が痛むと、大抵は目が覚めた」
浅野武樹は足を伸ばし、頭をソファの背もたれに預け、深いため息をついた。
これらを話すのは難しいと思っていたが、予想外に心が軽くなった。