一瞬のことだが、浅野武樹の頭の中は真っ白になった。
小山千恵子の恐怖に満ちた目に、自分の姿が映っているのを見たからだ。
自分が、彼女をこんなにも怖がらせているのか……
浅野武樹は唾を飲み込み、前に掲げた両手も思わず震えながら、一歩一歩、震える女性に慎重に近づいていった。
「千恵子、怖がらないで、大丈夫だから——」
言葉が終わらないうちに、小山千恵子は驚いた兎のように急に後退した。
「近づかないで!」
乱れた足取りで花瓶の破片を踏みそうになり、細い背中が大きな本棚にぶつかり、痛みで彼女は呻いた。
浅野武樹は見るに耐えず目を細め、息を詰まらせた。
見ているだけでも痛く、心も痛んだ。
男は足を止め、苦しそうに口を開き、声は低く暗かった。
「わかった、近づかない。でも、動かないでくれないか?」